帝国祭(7)
その様子を見た帝国民は……アシュトン家が一夜にして没落したのも、皇帝陛下が関係しているのでは!?と疑いの目を向け始めている。これにダメ押しをするのは――。
「アシュトン公爵家は、これまで帝国に、皇家に尽くしてきました。父上はずば抜けた商才というより、安定した商会運営ができ、そのおかげで我が公爵家は着実に財を成すことが出来ていたのです」
そう、私の兄だ!
ゆっくりバルコニーへと移動した兄を見て、皇帝陛下は「信じられない」という表情。北部にいるはずの兄がここにいることは、皇帝陛下に強い衝撃をもたらしている。しかも着ているのは帝国の騎士団の隊服ではない。自分で罷免したことさえ忘れ、きっと「この裏切り者」と思っているはず。
そんな皇帝陛下に構うことなく、兄は騎士団の元副団長らしい力強い大声で話を続ける。
「父上は……アシュトン元公爵は、競うより協業を模索する性格。ゆえにセントリア王国との戦でも平和的解決を模索しました。そんな父上は帝国民から一定の支持を得るようになったのです」
兄の言葉に父親の姿が瞼に浮かぶ。
早く、父親に会いたかった。
「特に近年では、帝国民は戦疲れを起こしています。帝都から離れた国境付近で起きている戦のために、物資がそちらへ回され、不足する事態が起きる。治安維持の取り締まりがきつくなる。そんな事態に帝国民は疲弊しているのです! そんな帝国民からすると、平和的な手段を模索する父上は、願ったり叶ったりの存在でした。支持はさらに強まったのです」
そこで兄はさらに声に力を込める。
「そんな折、とにかく利益追求でのしあがるマチルダン男爵が現れた。娘は婚約者がいる第二皇子に夢中。しかも女好きする第二皇子は、満更ではなかった。もし娘が第二皇子の婚約者になれたら、皇家と婚姻関係で繋がることになる。我が妹と第二皇子との婚約破棄を、マチルダン男爵は娘共々、目論むようになったのです」
帝国民は真剣に話を聞いていた。兄の話すことは明朗で分かりやすい。
「我が妹は真面目で優秀、叩いて出るような埃はない。そこでマチルダン男爵は、アシュトン公爵家もろとも潰すことを思いつく。皇家としても、必要以上に力を持つアシュトン公爵家を警戒していた。思惑が一致したのです」
ここまで話せば帝国民は納得だ。アシュトン公爵家を潰すことは、マチルダン男爵と皇家としてもメリットとなる。しかも潰れた公爵家の財産は……国が管轄するのだ。それを正しく帝国民のために使うのかというと……先ほど辺境伯から明かされた不正を思うと、それはないと帝国民もすぐ気がつく。
「皇家は、もはや初代皇帝のような崇高な志をなくしてしまった。権力の頂点にあるからと、やりたい放題だ。賄賂、人体実験、不正貿易、飲酒違反、そして罪のない公爵家に濡れ衣を着せた」
兄の言葉にアトラス王太子が続ける。
「だがこれは氷山の一角。叩けばまだまだ埃は出る! 皇宮で働く未婚や未成年の女性使用人に手を出すという、第二皇子と同様の罪も、皇帝陛下自らが重ねているのだ!」
これには広場の帝国民にざわめきが起きた。
「改めて問おう。証拠はいくらでもこの後、並べることができる。何せ皇宮を押さえているからな。今この場で否定しても、目の前に証拠が並んだら……」
アトラス王太子は、声をいつものトーンに戻して指摘する。つまり広場にいる帝国民には聞こえない音量で、皇帝陛下に声を掛けた。
「皇帝陛下、チェックメイトだ。これから帝国の終焉について問う。あなたはこの後、裁判を経て、ご自身の罪を洗いざらい明らかにする必要がある。皇帝という身でありながら、罪人になることは、皇家の歴史を汚すことになるだろう。今、ここで退位を決意し、帝国の歴史に幕を下ろせば、生き恥を晒さずに済む。この場でこれ以上足掻くのは、恥の上塗り。素直に受け入れるべきだな」
皇帝陛下は茫然としているが、事態は飲み込めているようだ。生き恥は晒したくないのだろう。うんともすんとも答えないが、その顔に決意が浮かぶ。
それを見たアトラス王太子は表情を引き締める。
「皇帝陛下。数々の罪の責任を負う覚悟は出来ただろうか?」
帝国民の広場に響く、大音量の声で、アトラス王太子が皇帝陛下に問い掛けた。
問われた皇帝陛下はこれまでとは一転、背筋を伸ばし、そしてバルコニーに両手をつく。そしてゆっくりと語り始める。
「……ここで全てを語ることはしない。だが……罪を犯したこと、それは事実。魔が差した、では許されないであろう。罪は償うと誓い、皇帝の地位を退く。そして……帝国は、既に財政的に破綻している。長らく繰り返された戦禍により、国庫は既に空っぽに近い。残るは沢山の借用書のみ。もはや国として維持するのは……難しいものだった。そこでマチルダン男爵にされた提案は、まさに救国になると思えたのだ。帝国を救うため、アシュトン公爵には犠牲になってもらったようなもの。それは致し方ないことであ」
パシンと大きな音が聞こえ、自分の右手が痺れている。
広場にいる帝国民はもちろん、祖父を含めた辺境伯たち、アトラス王太子も兄も、クウや専属皇宮騎士に扮したセントリア王国の騎士たちも、衝撃を受けていると思う。
でも我慢の限界だった。
空になった国庫を埋める提案をマチルダン男爵がした。それを救国のプランと考え、父親を、アシュトン公爵家を犠牲にすることをよしとしたのだ。そしてそれは間違ったことではないと考えている。致し方ないことだったと、この皇帝は言おうとしているのだ。
(そんなのは欺瞞。自分の罪を棚に上げ、悪いことをしたつもりはない──そんなふうに言い出すなんて!)
あまりにも身勝手だった。牢屋にいる父親を思うと、どうしても皇帝陛下がこれから言わんとすることを許せなかったのだ。
気がつくと、皇帝陛下の顔を平手打ちしていた。
「貴様……」
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