帝国祭(5)
「さあ、皇帝陛下。東の辺境伯は、セントリア王国を支持してくれている。そして今、彼の弓兵は陛下を狙っているのだが。わたしの問いに答える気は?」
問われた皇帝陛下は「ふざけるな、この若造が!」と捨て台詞を吐く。続け様に彼が口にしたのは──。
「南の辺境伯、トレビスよ! 裏切り者の東の辺境伯を撃て!」
(まさか南の辺境伯まで帝都に来ているの!)
これにはビックリしてしまう。それこそ南の辺境伯領は、セントリア王国と最も国境を接している。帝国祭があっても、これまでトレビス辺境伯が領地を離れることは……なかったと思う。
(ここにいるのは余程のことではないかしら?)
私だけではなく、多くの帝国民もそう思っているはず。そんな中、バルコニーの右手の方角にある建物の屋根で、弓兵が動いた。一斉に矢を構えている。そして彼らはお祖父様の弓兵たちがいる方向に、狙いを定めてしまう。
だがここで南の辺境伯の兵も、旗を掲げた。トレビス家の紋章が刺繍された旗と……いきなりセントリア王国の旗を高々と掲げて見せたのだ! それに合わせ、弓兵たちは一斉に狙いを変更。彼らが矢を向けた先にいるのは、皇帝陛下!
「なっ……」
これには皇帝陛下は言葉が続かない。
言葉は出ないが、皇帝陛下はバルコニーの正面を見る。そこには大きな噴水があるのだけど、その前後に櫓が設けられていた。そこにスッと旗が上がり、その紋章から西の辺境伯、イオールのものだと分かる。
(西の辺境伯まで帝都に来ていたのね……!)
広場にいる帝国民は、西の辺境伯は帝国の味方なのか、敵なのか。もはや分からないという表情で、皆、櫓を見上げていた。するとその期待に応えるように、西の辺境伯の兵がもう一つ、旗を上げる。櫓の屋根ではためくその旗は……セントリア王国のもの。
「……」
皇帝陛下は両眼を大きく開き、目の前に見える東西南の辺境伯の反逆を、信じられないという表情で見ている。
(辺境伯が裏切るなんて、皇帝陛下は微塵も思っていなかったのね)
そこで思い出すことになる。今年の帝国祭は特別だったことを。今年で三百周年と、節目の開催だったのだ。
(だから辺境伯たちも帝都に来ていたのね。絶対に裏切るはずがない辺境伯たちがいる。起死回生は可能と考えた。ゆえに皇帝陛下は演説ギリギリまで、薄笑いを浮かべる余裕があった。でも今は……)
完全に皇帝陛下の目が泳いでいる。その様子を広場にいる帝国民は目の当たりにしているのだ。
帝国民はこの事態を受け、じわじわと帝国の危機を実感し始めていた。
四人いる辺境伯のうち三人が、帝国へ反旗を翻している。そして広場を囲むように、それぞれの辺境伯の弓兵が、臨戦態勢でそこにいるのだ。しかもまさかのセントリア王国の王太子が皇帝のすぐ近くにいるという異常事態。
それだけではない。そろそろ帝国民は、もう一つの事実にも気づき始めている。
「皇帝を守るはずの専属皇宮騎士も、その姿が見えているのに、誰一人動かない。辺境伯たちに加え、皇家直属の騎士さえも、皇帝を見限ったのでは……? もしかすると彼らが辺境伯に先んじで行動し、皇帝は粛清のため、専属皇宮騎士を何人も城門に吊るしている。帝国の終焉は既にその時から始まっていたのではないか」と。
確かに専属皇宮騎士の多くが、皇帝陛下の粛清により、疑心暗鬼になっていた。そしてアトラス王太子が現れ、残っていた専属皇宮騎士も既に皇帝陛下を見限っている。とはいえ、このバルコニーがある部屋には本来の専属皇宮騎士はいない。ここにいるのは専属皇宮騎士の隊服を着ているセントリア王国の騎士である。が、そんなこと、広場にいる帝国民は分からない。ゆえに彼らはいよいよ帝国の危機を噛み締める事態になったが……。
「帝都を守る盾でありながら、皇家を裏切り、皇帝に反逆をするのか!」
皇帝陛下は鬼のような形相で怒鳴り、その直後に腹の底から響く大音量の声で叫ぶ。
「東西南の辺境伯など取るに足らぬ! 真の帝国の盾はただ一つ。北の辺境伯、ノードマルク! 帝国に仇為す者どもを殲滅せよ!」
北の辺境伯がいると知り、帝国民からはざわめきが起きた。
確かに東西南の辺境伯を束ねても、その領地・兵力は北の辺境伯に敵わないことを帝国民は知っている。
「皇帝陛下、我が名を呼ばれているか」
皇帝陛下に負けない大声が広場から聞こえてきた。
その瞬間、その声の主の周りの人々が後退する。
帝国民が後退し、そこに出来たスペースで威風堂々と腕組みしている人物は、目立つのを避けるようなくすんだグレーのフード付きのマントを被っていた。
だがその体が筋骨隆々であることは、マントのあちこちの膨らみからもよく分かる。
バサッと音がして、マントを肩から翻したと思ったら、その偉丈夫はグリップに手を掛け、剣を抜く。
その剣は大剣であり、周囲にいた帝国民から声にならない悲鳴が起き、さらにスペースが広がる。
「北の辺境伯、ノードマルクが命じる。皆の者、剣を抜け」
その瞬間。
広場のあちこちで、北の辺境伯と同じようなフード付きマントを被った男達が次々と剣を抜く。それを見て帝国民は震えあがることになる。
この様子を見た皇帝陛下は満足げに冷酷な笑みを浮かべた。
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