帝国祭(3)
アトラス王太子が御礼をしたいと言い、それを固辞しようとしたが。この厚意は受け取らないわけにはいかない。
「お兄様!」
「マリナ!」
我慢できず応接室の中へ早歩きで入ると、兄もこちらへと駆け寄る。
北の地へ送られ、痩せ細り、髭も髪もぼうぼうかというと、そんなことはない。髪は綺麗に整えられ、無精髭もなく、頬が痩せこけていることもなかった。
兄は私の知る兄の姿でそこにいて、ぎゅっと抱きつくと、その体は変わらずガッチリしている。
「マリナ、無事で良かった。襲撃に遭い、死亡したという記事を見た時。一度はお前がこの世を去ってしまったと絶望したんだ。生きていて本当に良かった!」
「心配をおかけし、ごめんなさい! それもこれもセントリア王国へ行くためのお芝居でした」
「ああ、知っている。全て聞いたよ。アトラス王太子殿下と国王陛下の協力を取り付けるため、侍女と二人でセントリア王国へ向かったのだろう?」
そこで私が頷いたタイミングで、アトラス王太子が声を掛けてくれる。
「お茶を用意するのでソファに腰掛け、ゆっくり話すといい。時間になったら声を掛ける」
そこでハッとした私は慌てて口を開く。
「アトラス王太子殿下、お兄様に会わせてくださり、本当にありがとうございます。この御礼はどうしたらいいのか」
「これはいろいろ案内してくれた君への御礼だ。御礼は御礼として喜んで受け取ればいい」
そう言って爽快な笑顔のアトラス王太子が男前過ぎて、胸がキュンキュンしてしまう。いくらときめいてはいけないと分かっても、こればっかりはどうにもならない。
「アトラス王太子殿下、自分からも心から感謝したい。ありがとうございます」
兄は騎士団の副団長らしく、胸に手を当て、恭しくお辞儀をする。そこで改めて気がつくのは、当たり前のように兄が着ている騎士団の隊服。それは帝国のものではない。セントリア王国のものだった。
(帝国への忠誠を兄は誓っていたはず。でも心はもう決まっている。こんな仕打ちを受けてまで、帝国に仕えるつもりはないということね)
「二人の感謝はしかと受け止めた。ではわたしはこれで失礼する」
そう言うとアトラス王太子が退出し、兄と私はソファに座った。するとすぐにメイドがお茶を出してくれる。
まずは兄も私もお茶を飲み、メイドが退出すると、話を始めることになった。
「お兄様はいつ帝都に戻られたのですか!?」
「昨日の早朝、戻って来た。すぐにでも父上や母上を助けたいと思ったが……。ブレイクデーのことも聞いている。今は自分が余計なことをしない方がいいと思い、北の辺境伯のタウンハウスに身を隠していた」
「そうだったのですね。でもそれが正解だと思います、お兄様。私もここに来るまでの道中で、お母様のいる修道院が見える場所を通過しました。でも我慢してここまで来ましたから……」
兄も私も。自分たちが自由の身になった今、気にかかるのは両親のことだ。二人が牢屋、修道院にいるのかと思うと、どうしたって落ち着かない。
「でも間もなくだ。皇帝陛下の演説が終わると同時に鉄の監獄、母上の修道院で待機しているセントリア王国の騎士も動いてくれる。だからこの数時間の辛抱だ」
「そうですね、お兄様!」
その後しばらくは、公爵邸がどうなったのか、どうやって私がセントリア王国へ向かったのかなどを話した。そして気になっていた鞭打ちされた背中の状態を確認すると、北の辺境伯のおかげでちゃんと医師の治療も受け、回復に向かっていると兄は教えてくれた。
「お兄様、その北の辺境伯は」
そこで扉がノックされる。遂に演説の時間になったのだと理解する。
兄と目を合わせ、頷きあう。
「はい。どうぞ」
いつものキリッとした声で兄が返事をした。
◇
私は皇帝陛下と直接対面するつもりはなかった。あくまで客観的に様子を見守る。そのつもりでいたのだ。
よって演説が行われるバルコニーのある部屋には、皇帝陛下が入ってから、少し経ったタイミングで向かうことになった。そしてバルコニーは見えるが、そこに私と兄がいると分からない場所で、様子を見ることにしたのだ。
逆にアトラス王太子は皇帝陛下の背後に、まるで護衛する騎士の一人かのように寄り添っていた。しかし既にセントリア王国の王家の紋章が刺繍されたマントを着用している。背後から皇帝陛下とアトラス王太子を見る私と兄は、その紋章がバッチリ確認出来てしまう。しかし広場にいる帝国民にはまだ見えていない。
(アトラス王太子があの紋章を示したら、激震が走るわね)
その一方で皇后と皇太子とその婚約者は、専属皇宮騎士に囲まれているように見える。だがそれは隊服だけ専属皇宮騎士で、実態はセントリア王国の騎士たちだ。逃亡なんて許されないガチガチの状況の中、演説が始まるその時を皆が待っている。
そんな最中、私は皇帝陛下の顔を見て何やら不穏な気配を感じてしまう。なぜなら、皇帝陛下は……今このような状況であっても薄笑いをしているのだ。
それは何だがまるで「茶番などに付き合うつもりはない。全て覆してみせる」と言っているような表情なのだ。
(皇帝陛下はこの期に及んで何か起死回生の策があるのかしら!? でもどう考えてもこの状況では、覆すなんて無理に思えるわ)
それでもやはり皇帝陛下のあの余裕を感じさせる笑みが気に掛かる。これはアトラス王太子に伝えた方がいいのかと思っていると……。
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皇帝陛下の薄笑いの意味が明らかになる次話は
明日の12時半~14時頃に公開予定です!
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