帝国祭(2)
馬車は問題なく進み、帝都中央広場に到着した。
この時間、まだ人は少ない。だが閉店している屋台の近くには、酔い潰れて地面で寝ている酔っ払いがいれば、ウロウロと餌を探す野良犬の姿は見えている。地面にはゴミが散乱し、窓を閉じているが、馬車内に臭い匂いが漂う。
帝都では当たり前の景色と匂いであるが、セントリア王国を知ってしまうと、何もかもが不快に感じてしまった。セントリア王国の首都ベラローザは道が整然と整えられ、公共の場所でも国により清掃が行われている。こんなふうにゴミが放置されていることはない。
野良猫は見かけたが、野良犬はとにかく見かけなかった。アトラス王太子にその件を尋ねると、こんな答えをくれた。
「野良犬による病気もあるだろう? だから野良犬を減らすため、一度大規模な駆除を行い、その後は飼い犬の登録制度を始めた。登録時に無料で去勢手術や健康診断を行い、以後一年に一度の健診と健診を受けた犬に餌を配る施策を行ったところ、野良犬はほぼ見られなくなった。おかげで犬による病気の死者も減ったし、街の治安もよくなっている」
帝国が野良犬を放置していたのに対し、セントリア王国は当たり前のように対策に取り組んでいた。そんなところにまで目を配れるぐらい、セントリア王国は安定しており、それだけの国力があった。帝国の相手をしながらも、内政もしっかり行なっていたのだ。
帝国ではセントリア王国との戦争が始まると、帝国民に対する締め付けがきつくなる。それは新聞や書籍、郵便物に対する帝国の検閲。政治的な集会やデモは禁止される。戦に必要だからと、物資の強制徴収なども行われていた。国内での移動や夜間の外出も制限され、監視も強化されるのだが……。
「帝国との戦争は……最前線となる国境付近の村や町では一大事だ。しかし首都では新聞で戦況が伝えられるぐらい。国内での影響範囲は少なく、皆、変わらぬ日常を送っている。帝国と戦争をしている実感は、国境付近の国民にしかなかったかもしれない。そこは……緊張感に欠けていると、怒られてしまうだろうな」
アトラス王太子はそんなふうに言っていたが、そんなことはないと思う。首都からは前線にばっちり支援がなされている。物資が足りない、兵士の数が不足している、なんて事態は起きていないのだ。首都や他の都市からの応援で、医療班もちゃんと編成され、騎士や兵士が不眠不休で前線に駆り出されることもなかった。負傷者や戦死者への補償と保障も手厚い。
その事実を知るにつけ、すべてがセントリア王国の真逆の対応しかとれない帝国は、終わっていると思ってしまう。
帝国では、帝都に暮らす貴族たちは、戦争の影響をあまり感じていないかもしれない。戦争中でも華やかな舞踏会や晩餐会は普通に行われていたからだ。その一方で多くの平民である帝国民への締め付けは厳しく……。
セントリア王国と帝国の違いを帝国民は知らない。この事実を知っただけでも、帝国民は祖国の滅びに納得しそうな気がしてしまう。
「到着だな」
アトラス王太子の言葉に意識を今に戻し、馬車から降りる。あと一時間もすれば、帝都中央広場は多くの帝国民で埋め尽くされるはずだ。
「わたしはこの場所に来るのが初めてなので、周囲の様子を確認しつつ、この建物……巨大な時計塔を擁する図書館の中を見て回ろうと思う。アシュトン嬢はそのまま応接室で待機いただいて構わない。クウを護衛につける」
「! クウはアトラス王太子殿下の護衛です。私の護衛では意味がありません。それならば私が殿下に同行します。図書館には何度も足を運び、構造は理解できていますから、案内も可能です」
これを聞いたアトラス王太子はブルートパーズのような瞳を嬉しそうに輝かせる。
「ではお言葉に甘え、図書館を案内してもらおうか」
「勿論です! 承りました!」
こうして私はアトラス王太子にエスコートされながら、クウを護衛につけ、図書館の一階から三階、さらには地下の書庫、建物周辺の案内を行った。その間はこの図書館の歴史、収蔵されている本のこと、さらには帝都中央広場の誕生の経緯とそこで起きた出来事、加えて広場中央にある噴水の初代皇帝の像を作った彫刻家についてまで、余すことなく伝えた。
「アシュトン嬢、ありがとう。そのすべて、皇族教育で習ったのか?」
「皇族教育で習ったこともありますし、私自身の興味で調べたこともあります」
「なるほど。そうか。君らしいというか、とても勉強熱心なのだな」
そう言ってホワイトブロンドのサラサラの前髪を揺らして微笑むアトラス王太子は、徹夜明けとは思えない清々しさ。
「いろいろ教えてくれた御礼をしよう」
応接室の前で足を止めたアトラス王太子が御礼の提案をするので「そんな。私はただ自分が知ることをベラベラ話していただけです。御礼など不要です」と伝えたが。
「御礼というのは素直に受け取るものだ、アシュトン嬢」
アトラス王太子はそう言って応接室の扉をノックし、名乗るので「部屋の中に先客がいるの!?」と驚く。一方のアトラス王太子は「では失礼する」と扉を開けた。
ソファから立ち上がった青年の姿が目に飛び込んできて、心臓が止まりそうになる。
シルバーブロンドの髪に、濃紺の瞳。全身にがっちりついた筋肉は、騎士団の隊服に包まれている。短髪で見るからにスポーツ選手みたいな爽やかなこの青年は――。
「お、お兄様……!」
お読みいただき、ありがとうございます!
アトラス王太子の粋な計らい回でした~
続きは感謝を込めて増量更新の22時頃です!
ご自身の体調・ご都合に合わせ
ご無理はなさらずで!
明日のお昼にまたお会いしましょう☆彡





















































