始まり(4)
セントリア王国への入国はまさに大金を使うことになったが、それで入り込むことができた。
大金を使うと言っても、ここでは賄賂として使ったのではない。
そのままの立場ではなく、変装して入国するためにお金を使うことになったのだ。
入国した時のレニーと私は、デセダリア帝国の名産品のヴィレミナ絨毯を扱う商人に扮している。
レニーは女性にしては背が高かったので、男装してもらい、私が侍女の装いをした。商人の男性に仕える侍女に扮し、国境を越えたのだ。
その際、私たちが乗っていたのは荷馬車。
この荷馬車には帝国内で手に入れたヴィレミナ絨毯が積まれている。
ヴィレミナ絨毯は、前世で言うならペルシャ絨毯のような超高級品。王侯貴族が実用品ではなく、屋敷の壁に飾るために収集していた。
ヴィレミナ絨毯は手作りなので、一つとして同じものがなく、一品ものであることから、高値がつきやすい。そして国としては対立している帝国とセントリア王国であるが、平時は交易品を積んだ荷馬車が行き交っている。特にヴィレミナ絨毯はセントリア王国でも人気だったので、これを扱う商人に扮することで、スムーズに入国できた。ただし、大量のヴィレミナ絨毯を荷馬車に積んでいるのだ。これを手に入れるために、多くの宝石を売り払い、金貨を費やすことになった。
「お嬢様、入国は出来ましたが、この後はどうされるのですか?」
レニーは敵国であるセントリア王国へ入国したのは初めてのことで、不安げにしている。
だが実際のところ。
セントリア王国は前世で言うところの近代国家に近く、法整備も整っていたし、治安もよかった。むしろデセダリア帝国の方が、奴隷制が残り、法についても皇族や貴族に有利なものが多く、犯罪率も高い。何より戦争が勃発しても、その多くが帝国側が仕掛けたもの。セントリア王国は仕掛けてくる帝国に対処している形であり、戦争捕虜の交換にもちゃんと応じ、人道的な扱いをしていた。対する帝国では、捕虜はそのまま奴隷にしてしまうことが多く、それが火種で再びの小競り合いが生まれていたぐらいなのだ。でもその事実は帝国内で伏せられているし、裏事情を知るのは、私が前世記憶が覚醒したためだった。
ということで何も知らず、不安そうにしているレニーにこう声をかける。
「安心して。算段は立てているわ。もうすぐ日没だから、まずは宿に向かいましょう。一泊して、明日は一日かけ、セントリア王国の首都ベラローザを目指しましょう」
「分かりました」
「ねえ、見てみて。この宿場町にいる人たち。商人は多いと思うの。でもあそこの屋台や井戸の近くでたむろしている人たちは、セントリア王国の住民よね。みんな笑顔だと思わない? それに野良犬もいないわよね? 地面にもゴミもあまりないわ。それに多くが平民なのに、日々の生活に追われている感じがないと思わない?」
私の言葉にレニーは目をキョロキョロさせ、頷く。
「お嬢様の言う通りです。みんな安心して生活している感じがします……。帝都では道端にゴミも多いですし、スリも多い。それに野良犬も多いので、徒歩での移動は気が抜けません。貴族の皆さまが馬車から降りたがらないのも納得です」
「そうよね。それに帝都には貧民街があちこちにあって、生活の豊かさを感じられない。でもこの宿場町はどう? 穀倉地帯にも近いから、食べ物に困っているように感じられないわ」
「そうですね。何だか平和です」
乗馬経験もある私が御者として荷馬車を宿に向け進めながら、私はレニーを安心させるため、言葉を紡ぐ。
「帝国の新聞では報じられていないけど、私は社交界から情報を得ていろいろ知っているの。セントリア王国と帝国は小競り合いの戦争を国境沿いを中心にしていることは知っているわよね?」
「はい」
「その戦争でセントリア王国側で捕らえることになった捕虜。怪我をしていれば治療し、捕虜交換でほぼ全員が帝国へ戻っているわ。一部戻らない捕虜もいるけれど、それは本人がそれを希望したからよ」
これにはレニーが「え」と驚きの表情になる。
「見て分かる通り、セントリア王国の方が平和なのよ。奴隷制もなく、皆が一定の水準を維持して暮らしている。捕虜となり、解放されて帝国へ戻っても、負け犬と揶揄されるかもしれない。貧しい暮らしが待っているだけ。それならそのままセントリア王国に残りたいと考え、そういう人たちに手を差し伸べているのよ」
「え、手を差し伸べるのはセントリア王国がですか!?」
「そうよ。住むための家を与え、仕事も紹介してくれる。そうやってこの国の一員になるの。もう二度と帝国に戻ることはないでしょうね。この国での生活を知ったら帝国へは戻れないと思うわ」
レニーは「知らなかったです……」と目を大きく見開く。
「戦争ではどうしても命のやりとりがあり、亡くなる人も出てくる。あなたのお兄様が戦死したのは……納得ができることではないと思うわ。でも遺体はちゃんと戻って来たでしょう? 帝国の領土内で戦死したセントリア王国の兵士はまとめて一か所に埋められ、墓石を一つ立ててお終いよ。でもセントリア王国はちゃんと綺麗な姿で棺に入れ、家族の元へ戻るように手配してくれる。ここはそういう国なの。だから初めて来たこの国に不安を抱いているかもしれなけれど……肩の力を抜いていいと思うわ」
私の言葉にレニーの硬かった表情が和らぐ。
「お嬢様、いろいろ教えてくださり、ありがとうございます。私は、お兄様の遺体の入った棺が戻って来たのは、当たり前だと思っていました。しかも棺を用意したのも帝国だと思っていたのですが……違うのですね。セントリア王国に対する印象が大きく変わりました」
これまでの不安な様子がレニーからなくなり、私は安堵する。
「良かったわ。さあ、宿が見えてきたわ。部屋が空いているか、確認しましょう!」
こうして翌日以降、首都を目指し、そして王族と会うために動くことになる。
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