帝国祭(1)
「アシュトン嬢、ご無事で何よりでした!」
「ありがとう。クウは名演技だったわ。まさかアトラス王太子殿下を演じるなんて!」
「そうですよね。恐れ多いことでした……」
日除けかつ顔を隠すために、ベールのついた帽子を被り、朝食の後、集合場所となっている皇宮の中庭に向かった。
そこには既に馬車が到着している。皇帝陛下夫妻、皇太子とその婚約者は、専属皇宮騎士に守られ、馬車に乗っているように見えるが……。専属皇宮騎士は全てセントリア王国の騎士や諜報部員。皇家の人たちは専属皇宮騎士に守られているわけではなく監視されていた。
その様子を眺めているとクウに声を掛けられ、名演技の件をアイスブレイクで話したが……。
「クウ。ベネディクト第二皇子とその婚約者のマチルダン男爵令嬢は?」
「ベネディクト第二皇子は地下牢です。『手が痛い』とずっと叫び続け、さっきようやく眠りました。マチルダン男爵令嬢は自室ではない皇宮の部屋に監禁しています。父親と連絡とる気満々なので、逃げ出せないよう、足枷をつけました。見張りも騎士と諜報部員がしっかり行っています」
「ということは二人は演説の場に立ち会わないのね」
クウはこくりと頷く。
この二人にこそ、帝国の終焉を見せたかった。
だがマチルダン男爵令嬢は父親と連絡をとり逃亡する気満々。ベネディクト第二皇子は自業自得で怪我をしているが、逃げたい気持ちは間違いなくあるだろう。
完全に大人しくなっている皇帝陛下や皇太子と違い、この二人は何をしでかすか分からない。もしベネディクトとマチルダン男爵令嬢を皇宮から連れ出せば、絶対に脱出を試みる。
(残していくのは正解ね)
何にせよ、ベネディクトは第二皇子なのに、公式行事で欠席が多かった。面倒だと感じる行事には、仮病を使う。それを幼い頃から常習犯で行っているので、帝国民も慣れている。
ようは演説の場に第二皇子がいなくても「ああ、またいつもの……」と思われるし、その婚約者がいなくても、仕方ないで済む……というわけ。
それでも私が婚約者をしていた時は、ベネディクト不在でも行事に参列していた。ベネディクトはたいがい当日の朝に仮病を使うが、その時には私は全ての準備を終えているのだ。そのまま欠席ではさすがに不憫だということで、参列させてもらっていたが……。
マチルダン男爵令嬢が婚約者におさまってからは、どうなのか。それは憶測にはなるが、ベネディクトはマチルダン男爵令嬢に、サボることを打ち明けている気がする。そしてサボることを知った彼女は喜んで自身も欠席を選ぶ――そんな姿が浮かんでいた。
「おはようございます、アシュトン嬢」
アトラス王太子が大変爽やかな笑顔で登場した。
やはり疲れはなく、やる気がみなぎっている気がする。
「朝食はちゃんと食べることができただろうか?」
「はい。しっかりいただいたので、大丈夫です」
「それは良かった。ではあの馬車で行こうか。わたしは専属皇宮騎士長官に扮することにした。アシュトン嬢はわたしの婚約者という体で馬車に乗って欲しい。クウも頼んだぞ」
これを聞いた私は「あれ、専属皇宮騎士長官なんて役職、あったかしら?」と思う。なかったような、いやあったのかもしれないという表情をしていると……。
アトラス王太子が、ホワイトブロンドのサラサラの前髪を揺らして笑っている。
「期待通りの反応だ。専属皇宮騎士長官なんて役職は存在しない。でもそれっぽくしていれば、帝国民は騙される。元第二皇子の婚約者をしていたアシュトン嬢でさえ、『どうだったかしら? そんな役職あった?』なんだ。皇宮に暮らしていたのに。アシュトン嬢がそうなら、他の貴族は間違いなく架空の役職を信じるだろう」
(さすがアトラス王太子ね。絶妙な塩梅だわ!)
なんだかあったような、なかったようなは、相手を狐につままれる状態にできる。つまりはよく分からないけれど、多分あったのね……という判断になりやすいということ。特に皇宮で存在する役職なんて、正直、ただの貴族にはあまり関わりのないことで覚えていない。専属皇宮騎士長官を知らなくても、仕方ないと皆、思うはずだった。
ということでその専属皇宮騎士長官に扮しているアトラス王太子は、専属皇宮騎士の隊服を着ているが、それっぽい勲章やサッシュもつけていた。ちなみに今回、彼はセントリア王国の王家の紋章が刺繍されたマントを持参している。演説が始まり、ここぞという時にそのマントを着用し、登場することになっていた。
「アトラス王太子殿下、アシュトン嬢、どうぞお乗りください」
クウに促され、私たちは順番に馬車へ乗り込む。
最後にクウが乗り込んで、ゆっくりと馬車が動き出した。
お読みいただき、ありがとうございます!
帝国祭編がいよいよ始まります~
昨晩は温かい応援、ありがとうございます(うるうる)
感謝を込めて2話更新します。
まずは次話、20時更新です!
驚きの展開あり&よろしくお願いいたします☆彡





















































