皇宮へ(12)
「お嬢様、ピッタリというわけにはいきませんし、やはり胸は少しきついかもしれませんが、大丈夫ですか?」
「ありがとう。あの時のドレスに比べたら、これは天国よ。立ち襟の部分は涼しくレースだし、両腕もノースリーブだけど腕全体を覆うように薄いレースになっているでしょう。色もミルキーブルーで落ち着いている。気に入ったわ。見つけてくれてありがとうね」
(アトラス王太子と肝心なところを話そうとしていたのに!)
夜が明け、ブレイクデー決行のための準備の時間になってしまった。彼は部屋を出ていき、私は着替えとなったのだ。
秘密の通路に入る前に、夜通しになることを踏まえ、仮眠をしていたものの。結局昨晩は一睡もせずに朝を迎えてしまった。だが間違いなく、今日この日に帝国の歴史に幕が下りると思うと、気持ちは昂る。疲れたとか眠いという感情は一切湧かない。
それはアトラス王太子も同じようで、欠伸もすることなく、むしろこれ以上ないというぐらい爽やかな笑顔を私に見せ、部屋を出ていった。
こうして私は軽く水浴びをして、ドレスへと着替えたところだった。さらにいろいろ世話をしてくれるメイドは「軽食を用意します」と出て行き、私は寝室を出て前室のソファへと腰を下ろす。
(レイラ姫とアトラス王太子。政略結婚になるとしても、相思相愛だと思っていたら、そうではなかった。そしてレイラ姫には想い人がいるから、アトラス王太子との婚約を解消しても問題ない……のかしら? そんなことはないわ。レイラ姫はカウイ島の姫君であり、アトラスは王太子。二人の婚約は国益になるからと決められたのだから……。それを上回る条件の話がなければ、レイラ姫とアトラス王太子の婚約が解消されることはないはずよ)
それに二人は白い結婚で合意している。白い結婚に同意する新たな婚約者を見つけるなんて、容易ではないと思う。アトラス王太子がレイラ姫に婚約解消を申し出ても、レイラ姫が「ノー」と答えるかもしれないのだ。
「ノー」となるのは、「アトラス王太子を好きだから」ではない。結ばれることはないが、好きな相手にレイラ姫は、身も心も捧げると決めている。
(乙女であることを許す白い結婚ができる相手として、アトラス王太子との婚約は解消したくないと思うのでは?)
つまりアトラス王太子とレイラ姫の婚約が解消できない三つの理由があると思うのだ。まず一つ目は、国益のための婚約であること。次にレイラ姫としては、白い結婚が大きなメリットになっているのだ。そんな婚約を解消するわけがなかった。三つ目はアトラス王太子には、私ではない想い人がいる。でもその相手の女性は……もしかすると身分が低いのかもしれない。王族との結婚が許されない平民。ゆえに泣く泣く別れ、レイラ姫と婚約した。だがそこに奇想天外で予測不可能な言動をする私が現れ……。
(好意というより、興味を引かれたのかしら、私に……? でも興味を引かれたといはいえ、そこで円満な白い結婚になりそうなレイラ姫との婚約をわざわざ解消する?)
そうなるとアトラス王太子が私と婚約するメリットが何かあるのかと考えるのだけど……。
(ない。ないわ! 恐ろしいほど、何もない。現状、私は元公爵令嬢であり、実質身分は平民だ。百歩譲り、私がまだ公爵令嬢だったら、後ろ盾として有用だったかもしれない。だがそうではないのだ。それこそ平民の私と婚約なんて……無理なことだろう)
皇族教育で知り得た情報は、既に国王陛下の補佐官におおむね話している。今さら私を婚約者に迎え、あらいざらい全て聞き出すというのも……非現実的。さすがにこれ以上は話せることなんてなかった。
そうなると考えれば考える程、アトラス王太子が私にプロポーズする理由が分からない。
(もしかして……あれは夢だったのかしら?)
なんて思う事態にまでなったところでメイドが軽食を届けてくれた。
卵サンドとハムサンド、カリカリベーコンにフルーツ。シンプルだが食材は間違いなくいいものを使っているし、一流の料理人が手早く用意してくれたものなのだ。普通に美味しくいただくことができた。
「アトラス王太子殿下やクウも朝食を取っているのかしら?」
「厨房ではこれから晩餐会か!?という慌ただしさでした。つまりセントリア王国の皆様は勿論、拘束されている皇家の方々、使用人たち、みんな朝食をいだいています。ただ皆様それぞれ見張りだったり、持ち場だったりがあるようなので、手分けして運んでいます」
「そうなのね。昨晩は徹夜も同然だったのに、頑張ってもらい申し訳ないわ。本当にありがとう」
私の言葉にメイドはこんなふうに言ってくれる。
「この後の帝国祭の皇帝陛下による演説。そこで……歴史が変わるんですよね。皇宮へ侵入したのがセントリア王国の者と聞いた時は、なぶり殺しにでもされるのかと、戦々恐々でした。新聞ではセントリア王国の兵も騎士も非道だと散々書かれていたので……。ですが実際に接するセントリア王国の方々は皆、紳士的です。こんな彼らになら、この帝国の未来を託していいのではと思えました」
メイドの考え方が変わったのは、アトラス王太子の適切な采配のおかげだ。
「それにアトラス王太子殿下は……本当に素敵ですよね。第二皇子殿下のように色目は使わず、まさに清廉潔白という感じで、英雄に見えました」
「そうね。アトラス王太子殿下は聡明で思慮深く、上に立つ者として必要な資質を全て兼ね備えていると思うわ。英雄――まさに正解だと思うわ。……それに比べたら、私は帝国を裏切った悪女になっちゃうわね」
冗談っぽくそう言うと、メイドは「そんなことございません」と真剣な表情で答えてくれる。
「お嬢様はこの帝国のダメなところに気づき、お一人で動いてくださったのです。どうやってアトラス王太子殿下や国王陛下の信頼を勝ち得たのか。それは分かりません。ですがお嬢様はこの変革の立役者のお一人だと思います。決して悪女ではないと思います」
「ありがとう。そう言ってもらえると……嬉しいわ。それにね、セントリア王国には留守番を頼んだ侍女が一人いるの。彼女と二人三脚で帝国を脱出したのよ」
「そうだったのですね。……侍女のことも立ててくださるなんて……。お嬢様は私たちにも温情をかけてくださいました。悪女だったら手柄は独り占め、使用人など眼中にないでしょう。断言できます。お嬢様は悪女なんかではありません!」
私の行動は帝国民からしたら総スカンになると思っていた。でも今、目の前にいるメイドは、私の想いを理解してくれていたのだ。
(あと一息よ。頑張ろう!)
朝食を終え、私は部屋を出た。
お読みいただき、ありがとうございます!
次話からはついに帝国祭編がスタートです~
両親や兄を無事、救い出すことができるのか。
裏切りへの盛大なざまぁを前に、一旦お預けになっている恋の動きはどうなるのか。
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明日からまた仕事ですが更新頑張れるよう、元気をいただけると嬉しいです!
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