皇宮へ(10)
アトラス王太子と話がしたい。
それはあの秘密の通路でもそうすると約束していたことでもある。だがまず知りたいのは──。
「「あの後、何があったのですか!?」」
客間の前室の応接セットのソファに向き合う形で座り、喉が渇かないようにとメイドが紅茶を用意してくれた後。私とアトラス王太子は同時に声を上げていた。そしてお互いにまずは知りたいと思ったのは、あの秘密の通路で別れた後のことだった。
「わたしたちの方は、大したことはありません。すぐに話は終わります」
そう言うとアトラス王太子は左の道を進み、進路を塞ぐ岩の突き当たりまで到着したこと。そこで私の歌声を聴き、無事、岩が動き、進むことが出来たこと。たが岩はすぐに元の場所に戻り、私が追いかけて来るのは難しいと悟ったこと。その後はひたすら前進し、皇宮の庭園にたどり着いたことを話してくれた。
それを受け、今度は私が真ん中の通路を進み、何があったのかを、ひと通り話すことになった。
「なるほど。帝都から皇宮に戻る皇家の人間だけが、いち早く戻れるよう、水の力を借りた仕掛けが使われていたのか。この方法なら、先に皇宮に戻り、後からやって来る皇家以外の人間に対処できる。敵なら迎え撃つ準備。味方なら歓待の用意」
「ベネディクト第二皇子は、皇家の直系として、濁流が起きる件を知っていました。だからこそ、私がアトラス王太子殿下に協力していることにも気付いてしまったのです」
そこで納得顔のアトラス王太子は、確認するように尋ねる。
「濁流に呑まれ、皇宮の噴水につながる水路まで流され、そこでベネディクト第二皇子に発見されることになったのか?」
私はこくりと頷き、目覚めたらベネディクトの寝室のベッドの上であり、その時点であのドレスを着せられ、拘束されている状態だったと話すことになる。
「なんて卑劣なんだ!? 右手だけでは足りなかったな。極力流血はなしと思っていたが……いっそ首を落とした方がよかったか」
「アトラス王太子殿下、落ち着いてください。ベネディクト第二皇子は殿下が剣を振るう価値すらないと思います。宝剣を汚す必要はありません!」
腐ってもこの世界では攻略対象であり、ヒロインとゴールインした第二皇子なのだ。罰しても命をとることは避けないといけない。そうしないとこの乙女ゲームの世界が崩壊しそうな気がする。
それにしても、そうだろうとは思っていたが、ベネディクトは右手を……。しかしアトラス王太子が言う通りで、彼の行動は卑劣だったと思う。天罰が下ったとしか言いようがない。
「あの第二皇子は、とても皇族の一員とは思えない。自分を律することができずして、国を治めるなどできるわけがない。いや……そうか。皇帝だって寝室に踏み込んだら、十代の使用人に手を出していた。そういう外道の血筋なのかもしれない」
メイドの話から私がもしやと想像したこと。それは正解だった。しかし踏み込んだ時にも皇帝はそんなことをしていたなんて……。
「その使用人のことは……」
「勿論、助けた。泣きじゃくり本当にかわいそうだった。あの子のことを見たら、使用人の多くが……わたしたちに協力すると表明した。残りの使用人もあのメイドたちのおかげで、わたしたちにつくと明言したんだ。抵抗をした警備兵や一部の専属皇宮騎士の制圧も完了している」
結局。皇家の衰退は身から出た錆だ。親子揃って肉欲に溺れ、皇家として果たすべき役割を蔑ろにした罪は大きい。
「他の皇族やマチルダン男爵令嬢はどうなったのですか?」
マチルダン男爵令嬢は爆睡していたのであっさり取り押さえることができたという。ただ「父親に言いつけてやるわ!」とかなり暴れたので気絶させ、彼女付きの侍女やメイドや従者には監視をつけ、マチルダン男爵と連絡を取れないようにしたと言う。
「帝都にいる仲間に、マチルダン男爵家の監視は指示してある。余計なことはさせないつもりだ」
これを聞いて安堵し、皇宮の制圧と、明日の帝国祭での演説の準備は問題ないと理解できた。演説中の警備は皇宮の警備とはまた別になるはずだが、それについてアトラス王太子は「そちらにも手を回している。問題はない」と言ってくれている。
(それならば大丈夫ね。そうなるといよいよもう一つの気になる件。これを話すことになるのだけど……)
ここは深呼吸をして、気を引き締める。
あの場では、私は自分が命を落とすかもしれないと思っていた。秘密の通路のギミックが分からなかったからだ。そんな最中、気づけば婚約者のいるアトラス王太子に私は心惹かれていた。でもこの気持ちをどうこうするつもりはなかった。それなのに彼の私への気持ちを、思いがけず聞くことになり……。
私は婚約者をヒロインに奪われた過去を持つ。結果的にベネディクトは最悪な人間であり、婚約破棄されて正解だった。よってベネディクトを奪ったヒロインを恨む気持ちはない。ただベネディクトと婚約するために、父親共々彼女がやったことは……アシュトン公爵家を偽の罪で没落させたこと。これを許すつもりはなかった。
そしてアトラス王太子とレイラ姫。二人はお似合いのカップルだ。
(二人の間に割って入るなんて、絶対にしたくないわ。それにアトラス王太子から婚約解消を申し出られたら、レイラ姫は絶対に悲しむもの。私はヒロインのように、婚約者がいる相手の心を奪うなんてしたくない!)
よって私はアトラス王太子にハッキリ伝えるつもりだ。プロポーズされても受けるつもりはなく、レイラ姫との婚約解消には反対であると。
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