皇宮へ(8)
目隠しをされていた私は、音だけで何が起きているのか考えることになった。
そこですぐ分かったことがある。
それはアトラス王太子と名乗ったその声の持ち主、彼ではない! その声の主はクウだった。
(なぜクウはアトラス王太子と名乗ったの?)
そこで私は考える。
本物のアトラス王太子は別行動をしている可能性が高い。別行動をしているため、ここに来ることが出来なかった。だからクウがアトラス王太子のフリをしたのか。それとも今のこの状況に対処するため、アトラス王太子は別行動をしているのかもしれない。
その答えは分からないまま、ベネディクトとアトラス王太子に扮したクウの会話が続いた。その中でベネディクトは私が秘密の通路を使ったこと。アトラス王太子たちに協力したことも看破していた。
(これはもう仕方ないと思うわ。だってあの濁流が行き着く先を、ベネディクトは知っていたのだから……。そんな直系のみが教わる情報があったなんて!)
「…… この裏切り者のメス豚が! この陶器のような肌に、傷の一つがついても文句は言えないよな!」
「!?」
(仕方ないで済まされることではないわ!)
痛い思いはしたくなければ、傷をつけられるのも、ごめんこうむりたい。何より、ベネディクトには既に心を傷つけられている。これ以上彼に傷つけられるのは、懲り懲りだった。
しかし目が見えなければ、手は拘束されている。どこを狙っているかも分からないし、まさに本日二度目の万事休すだった。
ところが。
ドキッとするような音が聞こえ、ベネディクトの悲鳴とともに彼の拘束から解かれた。
続くこの会話で理解する。
「アトラス王太子殿下……!」
「クウ、この下衆な男は縛り上げ、地下牢にでも入れておけ。明日の演説に皇族全員が必要なわけではない」
(クウがアトラス王太子のフリをしていた理由。それはこの状況を打破するため、アトラス王太子が別行動をするためだったのね!)
ベネディクトは、アトラス王太子には当然だが、会ったことがない。さらに言えば、帝国内では彼がどんな容姿か知られていなかった。狼のように口が裂けているとしか新聞で報じられていない。ゆえにたとえ見た目が本人とは全く違うクウが「アトラス王太子です」と名乗っても、ベネディクトは微塵も疑うことはなかった。それにクウは、口は裂けていないが、ワイルドな風貌。狼っぽいといえば、そう見えた点も影響したと思う。
さらにアトラス王太子が私の最大のピンチの場面に登場出来たのは……。
ベネディクトの寝室には専用の浴室がついているはず。浴室は換気のため、大きめの窓もついている。通常はその辺りにも警備兵がいるが、それはあっという間に倒したのだろう。
(アトラス王太子は浴室へ侵入し、機会を窺っていたのではないかしら。そしてベネディクトがクウとの会話に夢中になる瞬間を待った。まさにチャンス到来となった時、電光石火の勢いで飛び出し、ベネディクトのことを──)
それにしてもさっきのアトラス王太子の声は、氷点下の冷たさだった。ベネディクトに対してものすごく怒っていると伝わってきた。
「アシュトン嬢、生きて……無事だったのだな」
(先ほどとは一転。なんて優しい声なのかしら……)
「今、目隠しを外す」
こくりと頷くと、ふわりといい香りがした。
アトラス王太子が私のすぐそばまで来て、目隠しを外してくれたと分かる。
目隠しは外されたが、急には目を開けられない。
目をしばしばしている間に、口にかまされていた布、そして手首に結かれていたロープも解かれた。
そうしている間に呻き声が聞こえなくなり、クウはベネディクトの止血を終え、別の近衛騎士がその体を担ぎ上げ、出て行った。その様子を見て視線をアトラス王太子に戻そうとすると、スッと顔を彼の手で押さえられ、ドキッとしてしまう。
「そちらは見ずにこちらへ」
アトラス王太子にエスコートされ、寝室を出ることになった。床には……きっと見ない方がいいものが転がっていたのだろう。
「お嬢様!」
前室を出て廊下に出ると、見知った顔のメイドが何人もこちらへ駆け寄って来た。私がベネディクトの婚約者として皇宮に住んでいた時、私についていてくれたメイドたちだった。
「お嬢様、申し訳ありません……! ベネディクト第二皇子に命じられ、私たち、お嬢様のことを……」
メイドたちの表情を見て理解する。彼女たちはベネディクトに命じられ、私の着替えを手伝ったのだろう。サイズの合わないドレス、しかも私は気絶している。着替えさせるのは大変だったはず。
「びしょ濡れの服を脱がすのも大変だったでしょうし、サイズの合わないドレスを着せるのも難儀したわよね。しかも私は気を失っていたのだから。頑張ってくれてありがとう」
「!? わ、私たちは、お嬢様だと気がついていたのに、ベネディクト第二皇子が何をしようとしているのか分かったのに」
「分かっていても、主の命令には従うしかない。それは辛い決断よね。でもあわやのところでセントリア王国の方々が助けてくれたわ。私はみんなのことを怒ったり、恨んだりしてなんかいないわよ」
私の言葉にメイドたちは「お嬢様……!」と涙声になった。そしてこんなことを教えてくれてる。
「ベネディクト第二皇子に無理矢理寝室に連れ込まれたメイドは沢山いるんです。でも泣き寝入りしか出来なくて……。これまで誰一人、寝室に呼ばれたら無傷ではすみませんでした。お嬢様がご無事で本当に良かったです」
「ありがとう。私が無事だったのはセントリア王国の人たちのおかげ。彼らはみんなを助けるためにここにいるの。皇帝陛下の悪事も帝国祭の演説で明らかになる。だから今は、セントリア王国の人たちを信じて、指示には従って欲しいの。ベネディクト第二皇子にも罰を受けてもらうわ。あなたたちの仲間が悔しい思いをした分、しっかり罪を償ってもらいましょう」
私の言葉にメイドたちは頷き、そして──。
「夜明けまでまだ少しお時間があります。客間を使えるようにしたので、良かったらお嬢様はそちらでお休みくださいませ」
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次話は20時頃公開予定です~





















































