皇宮へ(3-1)
アトラス王太子と別れ、真ん中の通路へと向かう。
これまで大勢だったのに、急に一人になり、なんだかとても心細くなる。
(こんなふうに暗い道を一人で進むなんて……)
この世界に転生してから、一人で行動することは、ほぼ一度もなかった。第二皇子であるベネディクトに婚約破棄され、家族は離散、たった一人になるかと思ったけれど……。そこには侍女のレニーがいてくれた。
(あ、でも……。ヴィレミナ絨毯に包まれ、アトラス王太子の前に転がり出るまでは一人だったわ。薄暗い中で一人で……)
だがあの時はヴィレミナ絨毯に包まれていたのだ。何かに包まれることで、守られている気持ちになっていた。
でも今は違う。本当に一人だった。天井が低く、横幅もそこまでない、両サイドが岩壁の道を、一人で黙々と進んでいる。
人間、生まれる時も死ぬ時も一人と言うけれど、まさにそれを実感していた。
この秘密の通路のギミックについて、前世記憶を思い出しても、その詳細は描かれていない。ゲームの進行に絡むことはほぼなかった。よってその存在から正しい経路など、全て皇族教育で知ったことばかり。ゆえに本当に、この後の自分の運命が分からない。
ただ、いろいろ考えると、アトラス王太子たちが進む道を塞ぐ岩がなくなったとしても。それは一時のこと。私が後を追っても、きっと道はまた岩で塞がれている。
(ううん。そもそもその道に行けるかどうかも分からない。詠唱を終えた瞬間、私は……死ぬかもしれないのだから)
死を自覚したのは、この秘密の通路を皇宮への侵入のために使うと決めた時からだ。
本来、リオンヌ侯爵の所へ嫁がされ、身も心もボロボロになるのが乙女ゲーム『恋が花咲く時』で定められた悪役令嬢の末路。そこに反し、策を巡らせ、セントリア王国へ逃げ延びたのだ。そんなイレギュラーな行動をしていれば、どの道、ゲームの世界の抑止の力で私は……遅かれ早かれバッドエンドを迎えると思っていた。
そんな意味ではこの秘密の通路で悪役令嬢が命を落とすのは……相応しい末路だろう。
ただ、悪役令嬢の死は犬死にはならない。アトラス王太子は必ず、両親と兄を助けてくれる。帝国は滅びても、多くの帝国民がセントリア王国の一員となり、幸せな人生を送れるはずだ。
私の犠牲で多くが幸せになるなら、それで本望。それに家族や私を貶めた帝国と皇家と第二皇子、ヒロインであるマチルダン男爵令嬢とその父親には、盛大なざまぁができるんだから。
そう、ついさっきまでは思っていた。きっぱりこの乙女ゲームでの人生を清算し、来世はどこに転生できるか……なんて思っていたのに。
今となっては未練たっぷりになっている。それはアトラス王太子があんなことを言うからだ。
――『わたしはアシュトン嬢、君にプロポーズするつもりだった』
レイラ姫との婚約を解消するなんて……。
あんなに仲睦まじい二人だったのに。
本来相思相愛だった二人を引き裂くなんて。
それはマチルダン男爵令嬢がすることと同じでは!?
プロポーズされる。それは気持ちとしては嬉しい。
だって私も……アトラス王太子に心惹かれていたから。
でも彼には婚約者がいる。
レイラ姫という美しく優しい婚約者が。
彼女を悲しませることはしたくない。
だから……。
そこで彼がつけてくれたペンダントをぎゅっと握りしめる。ペンダントトップは剣に絡みつくドラゴンだ。
――『必ず、もう一度。再会を……』
(そうよ。再会できたら、目を覚まして!と言わなきゃ。レイラ姫との婚約解消なんて、愚かな選択をしてはいけないと、伝えないといけないわね)
そこで私の歩みは止まる。なぜなら岩壁に人工的に彫られた十字架が見えたからだ。
(ここね。ここで立ち止まり、歌えということ)
私は右手の岩壁と向き合うようにして立ち、岩肌が剥き出しの地面に持っていたランタンを置く。
少しだけ発生練習をして、何度か深呼吸を繰り返す。
(やるわよ。みんなに進んでもらうために。両親や兄を助けてもらうためにも。そして圧政から救うべき帝国民のために、歌うわ!)
頭の中でメロディを浮かべ、歌い出す。
いきなり高音からのスタート。そこからは音階の素早い昇降、トリル、ファルセット、ミックスボイスの怒涛のラッシュとなる。
息継ぎのコントロールも本当に難しい。舌の動きや唇の動きにも気を配りながら歌い続ける。時間としては三分足らずだが、全力の三分だ。
それは……まるで命を燃焼させる三分かのよう。
曲の終わりが近づくと、鼓動も早くなる。
歌い終わる先に待つのは、死の静寂か。
それとも――。
「!」
遠くから拍手が聞こえた。
私は後ろを振り返り、左の岩壁に手を伸ばす。
この壁の向こうに、アトラス王太子やみんながいる。
そう思うと、涙がホロリとこぼれ落ちた。
すると。
ゴトリという音がする。
「……?」
触れた岩壁の岩が、目の前でスーッと後退していく。
「!?」
腕一本が入るぐらいの横穴が目の前に現れた。急いでランタンで中を照らすと、そこには牛の鼻についている鼻輪のような、ドアノッカーが見えている。
手を入れるとその輪を掴むことができた。鉄製のその輪を掴むとジャラリと音がする。どうやら鎖とつながっているようだ。
(多分、これは引くのだと思うわ)
そこで思いっきり引っ張ると、鎖がどんどん伸び、そしてガクンと急に動かなくなる。だが遠くで何かが軋んだり、ギギギギという音がかすかに聞こえていたが。
ズンという音ともに振動が起きた。
そこで一瞬、歓声のような声も聞こえた気がする。
(道を塞ぐ岩がなくなり、みんな先に勧めたに違いないわ!)
思わず嬉しくなった時。地響きにも似た音が聞こえてきた。
ゴゴゴゴゴ……という音がすると思った次の瞬間。
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