皇宮へ(6)
明確に「いざとなったら斬る」と告げたことで、皇帝と皇太子は黙り込んだ。
マリナとは無血で終わらせると約束していた。
よって本気で斬るつもりはない。
だが脅しであろうとはったりであろうと、自らの命が危機にあると自覚しないと、あの皇帝と皇太子の親子は、すぐに余計なことを考える。それを牽制するため「斬る」と告げることになった。
さらにこの二人を同じ空間に置くのはやめた方がよさそうだ。一緒の方が監視しやすいと思ったが、この二人の場合は離した方がいい。
「二人とも拘束し、皇太子はバスルームへ閉じ込め、皇帝は寝室に。時がきたら、着替えさせろ」
「かしこまりました、殿下」
そこでクウを連れ、報告をした近衛騎士に案内をさせながら、第二皇子のいる部屋へと向かう。その道中でクウと話し、作戦を立てる。
「あちらが第二皇子の私室です」
近衛騎士が振り返り、クウとわたしは目配せをする。
「ではクウ、計画通りで」
「かしこまりました、殿下」
◇
「お待たせしました。ベネディクト第二皇子。わたしがアトラス・ロイ・セントリア、セントリア王国の王太子です」
ダークブラウンの柔らかい髪に、翡翠色の瞳をした青年に向け、声を掛ける。初対面の人物であるが、その人物像は事前にアシュトン嬢から聞いているので、すぐに把握することが出来た。
「な…… 首謀者はセントリア王国だったのか! しかも貴様がセントリア王国の王太子……。確かに狼みたいだ」
短剣を手にした第二皇子は、天蓋付きのベッドを背に、人質の女性の肩から腕を回して拘束し、部屋に入って来た僕たちを睨んだ。
睨んだその姿に凄みよりも失笑を覚えるのは、鼻血のあとが顔に残っているからかもしれない。
人質になっている女性と何やらよからぬ行為をしようとして、興奮しすぎて鼻血が出た? もしくは暴れた人質に鼻でも蹴られ、鼻血が出たのか。
ともかく初対面の第二皇子は、見るからに雑魚にしか思えなかった。
「皇宮は神聖な場所だ。お前たちのような、歴史も伝統も浅い国の人間が、土足で踏み入っていい場所ではない。それなのに図々しくも、虫のように入り込み、皇族である僕たちを脅すなんて! 随分とふざけた真似をしてくれたな!」
「状況を理解出来ていないようです。既に皇帝も皇太子も制圧されています。皇后と皇太子の婚約者も。皇女二人もまもなく捕らえられるでしょう。無駄な抵抗はやめた方がいいです」
すると第二皇子は乾いた笑いを浮かべる。
「そうだろう。父上も兄上も、自らの力では何も出来ない。なんでも人任せだから。でも僕は違う。このまま、セントリア王国にやられるつもりはない」
ため息をつき、尋ねる。
「何が目的ですか?」
すると第二皇子はニヤッと笑う。
「見逃してくれ」
「何ですと……!?」
「僕と婚約者であるマチルダン男爵令嬢を皇宮から逃して欲しい。金さえあれば、生きていける。僕はマチルダン男爵令嬢と共に、隣国へ逃げ延びる。そこで皇家の人間であることは伏せて生きていく」
随分身勝手な提案に、その場にいた者は全員、呆れるしかない。
「自分の家族を置き去りにして、婚約者と二人だけで逃げるつもりなのですか!?」
「それは仕方ないことだろう? 僕が家族を逃がしてくれと頼んだところで、聞き入れてくれるわけがない。現実路線で交渉をしているんだ」
「では自分と婚約者だけ逃げ延びようとしていることに、罪悪感はあるのですね」
問われた第二皇子は考え込む。
「父上……皇帝や皇太子でも、セントリア王国は死刑にはしないと思う。皇家の身分を剥奪され、平民として生きることを許す。そう思っている。結果として、僕の家族も平民として生きていける。違いは……そうだな。財産は没収される。でも僕は持って行ける財産は持ち、ここから逃げることができるんだ。そこは……家族には申し訳ないと思う」
この答えには頭を抱えそうになるが、第二皇子はこういう人間なのだと思うしかない。自分一人だけではなく、婚約者も連れて行きたいと言ったのだ。せめてそこだけは――。
「正直、マチルダン男爵令嬢を連れて逃げるぐらいなら、皇女の一人でも連れて逃げたい気持ちはある。でもマチルダン男爵令嬢を連れて逃げれば、彼女の父親からの援助が見込めるから……」
「もうその件について話す必要はありません。それより、交渉の材料に使おうとしているその人質。その女性と引き換えに、自身と婚約者を逃してくれとのことですが……。そもそも彼女は誰なのですか?」
すると第二皇子は下衆な笑いを浮かべる。
やはり無理矢理関係を持とうとした皇宮の使用人なのか。
よく見るとドレスの胸元は大きく開き、はちきれそうになっている。豊かなバストであるが、サイズが合わないドレスを無理矢理着せられている感じが否めない。
もしかすると第二皇子が用意したドレスを強引に着るよう迫られた可能性があった。
それを思うと非常に気の毒になる。こんな自分の欲を満たすことしか考えない人間に仕えるなんて。
「僕は女を顔で判断しない。重要なのは体だよ。この体は一目見たら忘れない。このくびれたウエスト。手足はほっそりしているが、バストはこんなに大きい。そして女らしい首に小顔で美しい髪をしている」
第二皇子は自身の腕で押さえつけている女性をさらに自分の方へ抱き寄せ、その髪に顔をうずめた。
「彼女の体臭は昔から薔薇の香りなんだ。ずっと薔薇の香油をつけているから、その香りが彼女の体に染みついたのだろう。きっと興奮し、体温が上昇したら、その香りが立つはず。それを今日味わえるかと思ったが……」
そこで第二皇子の顔に、これまでにない恐ろしい表情が浮かぶ。
「まんまと騙されるところだった。この女を抱きたい気持ちはあるが、生き延びることが優先だ。交渉に応じないなら、この裏切り者の女を殺す」
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今夜22時頃にもう一話更新いたします!
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また明日のお昼にお会いしましょう☆彡





















































