皇宮へ(5)
「専属皇宮騎士を名指しして、その正体は実はセントリア王国が送り込んだ諜報員だと偽の情報を知らせた。皇帝陛下はその知らせ、覚えているのでは?」
皇帝の顔色が変わった。まさに「イエス」と分かる表情への変化だった。
「皇帝陛下は、次々と専属皇宮騎士をクビにした。そして欠員の補充が行われた」
「ま、まさか……」
「わたしの部下は武術に秀でて、頭も良い。専属皇宮騎士にはピッタリだったようで。皇帝陛下は諜報員だと気付かず、あっさり偽の身分を信じ、専属皇宮騎士に任命くださった。もはや皇宮を守るはずの専属皇宮騎士は、正しく機能しなくなったこと。その理由を理解できたのでは?」
「き、貴様、舐めた真似を……」
握りしめた拳で絨毯を悔しそうに皇帝は叩く。
「これだけは言っておく。墓穴を掘ったのは皇帝陛下自身だ。クビにした専属皇宮騎士の遺体、あなたはどうしたか、覚えているか?」
わたしの問いに皇帝は、恨みがましい目でこちらを睨み、答えることはない。ゆえにわたしが代わりで指摘する。
「城門に吊るした。見せしめのために」
「当然だ。皇家に反逆をした者を生かすわけにはいかぬ」
「その反逆情報は偽物だったのに」
「くっ……」「父上……」
こんな情けない姿の皇帝を見るのは、初めてだったのだろう。皇太子はかなり動揺している。
「見せしめなどされたら、残った専属皇宮騎士がどう感じるか。そこまで思い至らなかったようだな。次々と同僚が死体となり、城門に吊るされる。しかも本当はスパイなどではないのに。いつ『お前はスパイだな!』と言われるか分からない。名誉ある死ではなく、理不尽な死。皇家への忠誠心など維持できるはずがない。今、皇族たちが次々と捕らえられているのは、我々の行動が半分。残りの半分は自らが招いた結果だ」
「うるさい、この若造が、偉そうに!」
「命を取らないと約束したら、急に強気だな」
目配せをするとクウが剣を抜く。
その剣は皇帝の首元でピタリと止まる。
「こちらは、帝国民に向け、話せる口が残っていればそれでいい――ということをお忘れなく」
「け、剣を収めろ! こっちは丸腰なんだ。セントリア王国は人質や捕虜を人道的に扱うのだろう!? それにお前たちの計画は、父上が帝国祭の演説で、退位と降伏を誓うことが必要だ。いくら話せればいいと言っても、父上が両腕と両足がない姿では、帝国民はセントリア王国を恐れるだけでは!?」
両腕と両足をどうかすると、わたしは言っていない。だが皇太子は勝手に想像し、それを言葉として発した。聞いた皇帝は一気に顔色が悪くなる。両腕と両足を失うかもしれないと考えたわけだ。
わたしが何か言わずとも、皇太子のおかげで皇帝は完全沈黙。人間の想像力は使い方次第で毒にも薬にもなる。
それはさておき、皇太子は皇帝より少しは頭が回るように思えたが──。
「それで……裏切り者は誰なんだ!? 皇女二人のいずれかか!? それとも……まさかの私の婚約者の……」
前言撤回。皇太子は洞察力がなさ過ぎる。
「……あの女に違いない」
皇帝が声を震わせ、低い声で呟く。
「あの女!? 父上が知る女なのですか!? 誰なのですか? 秘密の通路について知る者なんて限られているのに!」
「分からぬか! アシュトン公爵家のメス豚だ!」
ザンッという音と、「「ひいいいいいっ」」と皇帝と皇太子が情けない声で叫ぶ。
絨毯に深々と突き刺した宝剣を力強く引き抜きながら口を開く。
「マリナ・サラ・アシュトン嬢の名を汚す呼び方を二度とするな。もし破れば手首から切り落とす」
断腸の想いでマリナと別れ、ここに至っている。
彼女の献身なくして、今はない。
そのマリナを豚呼ばわりするなど、もってのほか。本当は今この場で、この皇帝の首を落としたい気持ちになっていた。
そこへ「失礼します!」と近衛騎士が飛び込んでくる。
「報告します。ベネディクト第二皇子が人質を取り、首謀者に会わせろと言っています」
「人質、だと? 一体誰を? まさか自分の婚約者であるマチルダン男爵令嬢を人質にしているのか?」
「それがその人質は、目隠しをされ、さらに口に布をかまされています。両手首も縛られているようで……。よって誰であるか分かりません。ただ赤いドレスを着ているので、女性であることは確かです」
(目隠しをされ、さらに口に布をかまされ、両手首も縛られている……? それは……人質として逃がさないために、そうしたということなのか?)
人質をそこまで拘束しているということは、よほど早くにわたしたちの侵入に気づいていたことになる。だがそこまで早い段階で侵入に気づいたなら、逃げることを優先するはず。
そうなるとまさか……。
第二皇子は皇帝同様、下衆な男だった。マリナから聞いた話では、皇宮の使用人の女性にも手を出し、彼女自身にも婚姻前に関係を持つことを迫っていたという。そんな性癖であることを考えると、皇宮の使用人の女性を拘束し、無理矢理関係を持とうとしていたのではないか。そこでわたしたちの侵入に気づき、その使用人の女性を人質にした……。
「ベネディクトめ。やりおるな。お前もおめおめと捕まらず、少しは抵抗をすればいいものを」
「そんな、父上だってすぐに捕まったのではないですか!?」
「こちらは寝込みを襲われた。それに使用人の女がいたが、そやつは逃がしてやった」
「黙れ!」
こう何度も剣を抜く予定はなかったが、この皇帝と皇太子を黙らせるにはこうするしかない。
「人質をとろうが、関係ない。大義の前に犠牲はつきもの。人質にされた女には、自身の悪運を嘆いてもらうしかない。いざとなれば女もろとも第二皇子を斬る。明日の帝国祭、必要なのは皇帝陛下一人。最悪、物言わぬ姿でも構わない。もし第二皇子の動きに乗じて何かしようとするなら、遠慮なくお前たちも斬る」
お読みいただきありがとうございます!
次話は20時頃公開予定です~





















































