皇宮へ(4)
「わ、分かった。明日、帝都民の前で、言われた通りに話す。ゆえに命だけは取らないでくれ」
踏み込んだ寝室のベッドで休んでいたのは、帝国民から搾り取った税金で、随分と肥えた皇帝だった。
一時的な停戦、和平交渉の度に姿を現わすのは、皇帝の代理人である外交官だけ。わたしは何度か交渉の席に着いていたが、帝国からは皇太子すら派遣されてくることはない。よって皇帝と相まみえるのはこれが初めてのこと。
先程問うことになった罪の数々。それをこの一人の老獪が企てたとは……。
しかも寝室へ踏み込んだ時、そのベッドにはまだ十代の使用人の少女がいた。皇后ではなく、未婚の使用人に手を出している。そんなところは第二皇子そっくりで、とても不快な気分になった。
もっと早くにこの老獪をつぶしておけばよかったと思う。そうしていればマリナは……。
秘密の通路で聞くことになったマリナの最期の美声を思い出し、彼女のその後を思うと、どうにかなりそうだった。
「殿下、書類です」
「……ありがとう」
クウから書類を受け取り、深呼吸を一度行う。
今は……マリナのことを考えてはいけない。
目の前のすべきことを成す必要があった。
悲しむのは全てを終えてからだ。
「では皇帝陛下、男に二言はないと示すために、こちらの書面にサインと皇帝印を押していただこう」
わたしが広げた書類を見て、皇帝の顔は青ざめているが、歯向かえば命はないと分かっている。
「わ、分かった……皇宮執事を呼んで」
「その必要はない。既に彼から皇帝印を預かって来ている」
第一優先は皇帝を押さえることだった。だが偶然にも皇宮の若い使用人と、情事の最中の皇宮執事と遭遇することになった。ならばと今後必要そうになる皇帝印や宝物庫の鍵。そういった一式を手に入れておこうと考えた。つまり皇宮執事を押さえることにしたのだ。
「殿下、皇太子を連れて来ました。廊下に皇太子の婚約者も待機させていますが」
「ご苦労。皇太子の婚約者は、皇后の部屋に連れて行け」
「かしこまりました」
皇太子が連行され、皇帝はかなり驚愕している。呻くように「なぜ、なぜ、専属皇宮騎士たちは何をやっている」と呟く。
皇帝の言葉に、「そういえば」とわたしは思うことになる。
「せっかく皇太子殿下もいらした。皇帝陛下と二人、聞いていただこうではないか」
わたしはそこで改めて皇太子に自分の名と身分を告げた。皇太子は「まさか……本当に貴様がセントリア王国の王太子なのか!?」と驚愕する。
「皇帝陛下には、こちらをお見せしたら信じてくださったが、皇太子殿下はどうだろう?」
セントリア王国に代々伝わるドラゴンの宝剣。今日はこれを腰に帯びていた。鞘から抜いたその剣を見て、皇太子の顔面は蒼白になる。
「ブレイドが……碧く輝いている……! ドラゴンを倒し、その血がついたことで、ブレイドが碧く輝いているという伝承は……本当だったのか……! そしてこの世界でドラゴンの宝剣を持つのはセントリア王国の跡継ぎ……つまり貴様は本当にかの国の王太子なのか……!」
驚愕の表情の皇太子に「くどい。先程からそうだと言っている!」と言いたくなるのを堪え、応じる。
「正真正銘のアトラス・ロイ・セントリア、セントリア王国の王太子だ」
「なぜ……なぜ貴様が皇宮に!?」
皇太子は予想通りの問い掛けをしてくれるので、わたしはほくそ笑みそうになりながら、答えることになった。
「秘密の通路を使い、参った次第」
「「秘密の通路だと!?」」
親子だからか。皇太子と皇帝の声が見事に揃った。
「秘密の通路の存在は公にはされておらぬ。なぜセントリア王国の王太子がそれを……」
「しかもあの通路は、皇族の協力がなければ外から皇宮へ来ることは叶わないはずですよね、父上!」
「うむ。そうじゃ。ということは誰か裏切り者が……」
皇帝と皇太子が二人で話し始めたので、わたしは咳払いをする。二人はビクッと体を震わせ、ベッドの前に座り込んだまま、身を寄せ合う。
「セントリア王国内で捕らえた帝国のスパイ。彼らの名と暗号を使い、偽の情報を大量に帝国に流したのだが……お楽しみいただけようで」
わたしの言葉に皇帝は「なに!?」と目を吊り上げる。
「秘密の通路で皇宮へ侵入できても、皇宮は専属皇宮騎士により守られているはず。だが皇帝陛下と皇太子は容易く捕らえられている。なぜか? その答えは簡単だ。専属皇宮騎士の半分以上が、既にセントリア王国の諜報員や騎士と入れ替わっているからだ」
わたしの言葉に皇帝は再び「な、何……!?」と驚愕し、皇太子は彼に問う。
「父上、どういうことですか!?」
「皇太子殿下、僭越ながら、わたしが答えよう」
皇太子は瞳を震わせながらわたしを見た。
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