帝国へ(7)
遂に帝都に到着したこの日。
先に帝都に潜入していた諜報員が手配した一軒家の応接室に集合し、ブリーフィングを行うことになった。潜伏中の仲間も何人か集まっている。そこで私がブレイクデーでどのように行動するのか。話すことになった。
「王宮へつながる秘密の通路は、宮殿に水を引いている水路が入口となっています。その水路はトンネルのようになっており、一番奥は格子がハマった状態。この格子を外しても、通れるのは猫ぐらいでしょう。よってこの格子がある最奥が、秘密の通路の入口というわけでありません」
皇帝陛下やアトラス王太子には既に詳細を話していた。だがそれ以外は皆、初めて聞く情報。皆、真剣に耳を傾けてくれる。
「ちょうどトンネルの真ん中辺りに、隠し扉があります。壁にではありません。通路に扉があるんです。扉には鍵や取っ手はない。石積みの壁のいくつかを押すと、扉が開く仕組みになっています。扉の先には地下へ続く階段が続いているのです」
今回、私たちは無血で帝国を滅ぼすつもりだった。
戦なしで無血でそんなことができるのか?
答えは出来る――だ。
その方法、それは帝国のトップを真っ先に押さえてしまえばいいということ。ようは皇帝陛下に直接会い、退位とセントリア王国に全面降伏することを認めさせればいい。
そして今回皇帝陛下に会うために、帝都の街中と皇宮をつなぐ、秘密の通路を使うことにしたのだ。この秘密の通路は、有事で使うもの。皇家の一族が、皇宮を脱出する必要に迫られた時に活用される。知るのは皇族と一部の重鎮のみ。
これは皇族教育で私が知ることになった
「水路自体、目立たない場所にあります。実際に有事で皇家の一族が逃げ出した時、いきなり街中の人の多い場所に姿を現わしてしまうと、危険です。よって普段から寂れており、人がいない場所となっています」
用意されている地図に印をつけながら、私は説明を続ける。
「ですが逃げ延びた皇家の一族が、すぐに逃走できるよう、馬車は常に待機しているんです。馬車を見張る御者に扮した兵士もいます。ただ傍から見ると、仕事がない乗合馬車がとまっている場所ぐらいにしか見えないと思います」
「御者に扮した兵士の数は?」
私の説明を聞き、アトラス王太子は補足の質問をしてくれる。それはこの話を初めて聞くメンバーが、作戦を理解しやすくするためだ。
「馬車は五台用意されています。兵士は十名待機しています」
「十名か。ならば日中ではなく、やはり夜中に動くのが正解だろう。十名の兵士は仮眠をとっているだろうから、簡単に制圧できそうだ」
それはまさにその通り。念には念を入れた方がいい。楽勝と考え、油断した時に隙が生まれ、それが失敗につながる。
「帝国祭の演説まで、猶予の時間がない方がいいと思います。最終日前日の夜中に王宮へ忍び、皇帝陛下を制圧するのが一番かと。そして演説の場で、退位と降伏を本人の口から帝国民の前で宣言させれば、ブレイクデーは成功です」
私のこの言葉を聞いたアトラス王太子の口元にフッと笑みが浮かぶ。ゾクッとする艶は何度見ても変わらない。
「秘密の通路からセントリア王国の王太子が現れるなど、皇帝は微塵たりとも想像しないだろう」
そこでキリッとしたアトラス王太子は告げる。
「この度の戦は、全て情報戦。そして我々の優勢は、全てこのアシュトン嬢のおかげだ。彼女なくして、今はない。彼女の勇気と行動を讃えよ!」
すると部屋にいた私以外の全員が、敬礼して唱和する。
「「「アシュトン嬢の勇気と行動を讃える」」」
その瞬間、空気がピリッとして、重なった声の力強さに鳥肌が立つ。
「ありがとうございます! 私は知っていた情報を話したに過ぎません。情報を信じ、行動を信じてくださった国王陛下やアトラス王太子殿下。そして帝都でこうやって活動する皆さんのおかげで、今があると思います」
そこで私は彼らと同じように、背筋を伸ばし、敬礼をする。
「セントリア王国の勇気と行動を讃える」
私の言葉に、皆が笑顔になってくれた。
◇
無事にブリーフィングが終わり、このままここに泊まる者、別の場所で待機となる者、それぞれで動き出す。
私も部屋に戻ろうとしたが、アトラス王太子に呼び止められた。
「アシュトン嬢」
「はい」
返事をしたが、アトラス王太子はそのブルートパーズのような瞳でじっと私を見つめ、何も言わない。
言葉を発しないが、目は口ほどに物を言うで、その瞳から強い感情を捉えることになる。
感謝、感動、敬愛、そして──。
(違う。それはないわ。私の……間違った願望を反映させてはいけない!)
「アトラス王太子殿下。言葉にせずとも、私への感謝の気持ち、強く伝わっています。ですがそれは私も同じです。殿下と国王陛下が私を信じてくれたからこそ、今があります。何より、お二人は大切な臣下を動かしてくださいました。感謝すべきは私の方です!」
アトラス王太子が瞳を煌めかせ、それはどうしたって見る者を魅了する。心臓がトクンと反応し、ときめきを止められない。
「アシュトン嬢。君が腐った帝国に染まることなく、信念を貫ける素敵なレディに成長されたこと。この事実に感動している。ここぞとばかりに自身の有用性をアピールすることも出来たはず。情報と引き換えで多くを求めることができたはず。だが君はそうせず、父上や私を讃え、セントリア王国の全ての人々を讃えた」
スッと伸びたアトラス王太子の手、その指先が遠慮しながらも、私の頬に触れる。
「わたしは……アシュトン嬢、君のことを心から尊敬している」
今、この瞬間。透明感のあるアトラス王太子のブルートパーズの瞳には、私だけが映っている。世界で二人きりになった気持ちになっていた。実際は、クウや近衛騎士数名がまだ残っているのに。
それでも。
想いが溢れ、頬に触れる彼の手をぎゅっと握りしめたくなってしまう。言ってはいけない一言を口にしそうになるのを呑み込む。
(届かない相手に手を伸ばしてはいけないわ)
「……ありがとうございます、アトラス王太子殿下。殿下を始め、国王陛下、王妃殿下、王女やレイラ姫、そしてセントリア王国の皆様を尊敬しています」
私の言葉にアトラス王太子の手が頬から離れる。
「それでは殿下、失礼します」
応接室を出ながら考える。
全てが終わったら私はアトラス王太子と距離を置こうと。
この感情は封印すると心に誓った。
お読みいただきありがとうございます!
三連休最終日~
今夜22時頃にもう一話更新いたします!
体調や翌日の予定に合わせて
どうぞ無理なさらずにお楽しみくださいね。
また明日のお昼にお会いしましょう☆彡





















































