始まり(2)
「マリナ、これは誰かが父さんを貶めるためにしたこと。裏帳簿など存在していないし、人攫いをして奴隷として人身売買などしていないのに……。なぜこんなことに」
そこで頭を抱えた父親だが、私は自分が置かれている状況を踏まえ、裏でマチルダン男爵が暗躍したのではないかと話すと……。
「つまりは我が家有責で婚約破棄するために、アシュトン公爵家もろとも潰すことにしたのか、そのマチルダン男爵は!?」
驚愕した父親を見た瞬間。この理不尽な仕打ちを許せないと思った。怒りで体が震え、血が頭に上った私は……そこで眩暈がして、失神してしまう。そして夢を……いや、前世の記憶を見ることになった。
私は恋には無縁の仕事人間として生き、ちょっとした息抜きでスマホに広告表示されたゲームに手を出し、どっぷりとハマっていた。それまでボーナスを使い一人旅、海外旅行を楽しんでいたのに。ゲームにハマって以降、休みの日はその乙女ゲーム三昧になる。私がハマった『恋が花咲く時』は、ただの恋愛ゲームではなかった。恋とは勝ち取るものであり、その過程で謀略や知略は上等とされる世界なのだ。
攻略したい男子がいれば、それを邪魔する悪役令嬢もいる。彼女を排除するためにヒロインが罠を仕掛けることは……このゲームでは良しとされていた。かなり新機軸ではあったが、仕事の人間の私には、そういう駆け引きを駆使する部分にハマった面もある。
そして――。
私はどうやらこの『恋が花咲く時』をプレイしている最中に死亡したようだ。さらにその魂は『恋が花咲く時』の世界に導かれ、私は悪役令嬢マリナ・サラ・アシュトンに転生していたと気付くことになる。だが前世記憶が覚醒したのは……全てが終わった後。つまりはヒロインが攻略対象と共に張り巡らせた罠に、まんまと落ちた後だった。
このタイミングで覚醒するなんて。最悪過ぎる。それなら前世の記憶など、覚醒しない方がまし……と思ってしまう。しかし覚醒したからこそ、知りうる情報もあった。それはリオンヌ侯爵のおぞましい性癖のこと。さらには皇家が実はアシュトン公爵は無実の罪であると知りながら、マチルダン男爵が捏造した裏帳簿や攫ったとされる女子どもを、犯罪の証拠と認めていたことだ。
皇家はマチルダン男爵に騙されたわけではない。裏帳簿も発見された女子どもも、捏造されたものと知っていた。その上で、見て見ぬふりをし、証拠だと認めたのだ。
(なぜそんなことをしたの?)
実はアシュトン公爵家の財力、人望は皇家を超えていた。皇家としてはそこに、実は危機を感じていたのだ。公爵家が力をつけすぎるのはよくないと。さらに暗躍したマチルダン男爵は、多額の資金提供を皇家に約束していたのだ。
つまり皇帝陛下は力を持ちすぎたアシュトン公爵家を切り捨てることにした。そしてヒロインの実家であるマチルダン男爵を取り立てることにしたのだ。
皇家がマチルダン男爵に……ヒロインへと傾いたのは……間違いなく乙女ゲームの世界として、それが正しい姿だから。なおかつ悪役令嬢を排除するため、公爵家諸共とも潰すのは、策略の一つとしてゲームではまかり通っていることだった。
(前世の記憶の覚醒がもっと早ければ、対策もできたのに!)
そう思いながら目覚めた私は、さらに驚愕することになる。
「お嬢様は意識を失い、その後、三日ほど眠り続けました。その間に……公爵様の裁判が尋常ではない速さで行われ、有罪となり、爵位は剥奪。奥様は修道院送りが決まり、ジョセフ様も騎士団の副団長の地位を剥奪され、最北の地への強制労働です。そしてお嬢様は……ベネディクト第二皇子の婚約者であってことから、恩情をとなりました。ベネディクト第二皇子とは婚約破棄となりますが、侯爵家へ嫁ぐことが認められたのです! これでアシュトン一族の血が絶えることだけは免れましたね……!」
かろうじて残されたたった一人の侍女にこう告げられ、私が安堵できるはずがない。
「侯爵家へ嫁ぐって……あの変態リオンヌ侯爵に嫁ぐのよ!? 体はボロボロにされ、子どもなんて産める体ではなくなるわ。生き地獄を味わうのよ……。冗談じゃないわ!」
そう叫びそうになるのを呑み込み、代わりに侍女に伝える。
「リオンヌ侯爵の所へ嫁ぐと見せかけ、逃げるわよ。私は……このまま黙ってやられるつもりはないわ。お父様は冤罪よ。アシュトン公爵家を切り捨てた皇帝陛下とベネディクト第二皇子。そしてまんまと私達一族を罠に嵌めたマチルダン男爵親子にリベンジしてやるわ」
「お、お嬢様、本気ですか!?」
私は力強く頷く。
やられっぱなしなんて、絶対にいや。しかも前世記憶が戻るのが遅すぎたせいで最悪な状況になっていた。ここはもう盛大なざまぁをするしかない。
私は悪役令嬢に転生してしまい、ヒロインとベネディクトの策略に、まんまとやられることになった。だが前世ではヒロインとしてプレイし、知略と謀略を巡らせていたのだ。
(やってやれないことはないはずよ!)
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