帝国へ(6)
「……気持ちよく入浴されていたところを驚かせてしまい、申し訳なかった」
夜用の白いゆったりとしたシャツに、濃紺のズボン。その上に薄手のドレッシングガウンを羽織ったアトラス王太子と向き合い、彼の部屋でナイトティーを飲むことになった。お互いにソファに座り、向き合う形だ。
ちなみに私は入浴を終えたものの、アトラス王太子から部屋へ来るよう言われていたので、シャツにズボンと軽装だった。そして部屋にはクウと近衛騎士もいる。
私が部屋に行き、ソファに腰を下ろすと、アトラス王太子はいの一番で、謝罪の言葉を口にした。これには「大丈夫ですよ。気にしていません」と応じると、彼はローテーブルに置かれた飲み物について説明してくれる。
「カモミールティーだ。蜂蜜も用意してある。気負わず、リラックスして欲しいと思い、用意した」
「ありがとうございます。ではいただきます」
私が蜂蜜を入れ、カモミールティーを口に運ぶ様子を見て、アトラス王太子は安堵のため息をついた。
「少し夜風に当たりたいと思い、窓を開け、窓台に腰かけた。すると女性と男性の声が、風に乗って聞こえて……。方角的にそこに浴室があるとすぐに分かり、もしやと思ってしまった。今晩の宿泊客は男性しかいないと宿の主が言っていたことも思い出したんだ。そこはわたしが配慮すべきだった。アシュトン嬢は従者の姿をしているが、レディなんだ。君が入浴する時、見張りをつけようと提案すべきだったのに……。それをしていなかった。もしや君が入浴中に、誰かが入って来て、困った事態になっていないか。そんな風に考え、大慌てで浴室へ向かってしまい……。クウが見張りをしていたと思わず、本当に申し訳なかった」
私が入浴しながら、脱衣所にいるクウとおしゃべりをしていた時。突然、アトラス王太子が現れた。とてもビックリしたが、なぜあの場に彼が登場したのか。その謎が解けることになった。
「そんな。心配して駆けつけてくださったのです。気になさらないでください。それにクウも、何も起きないので、あそこで私のおしゃべりに付き合う状態でした。むしろ動きが出て良かったと思います」
「いや、動きがあってよかったなんて……。平和に入浴できるのが一番のはず。今後は気を付ける」
アトラス王太子が大変申し訳なさそうにするので、「入浴は無事できましたから!」「それにもう終わったことですよ」と宥めることになる。
そんなことをしているうちにカモミールティーを飲み終えていた。
「アトラス王太子殿下、美味しいカモミールティーをありがとうございます。明日も早いですし、そろそろ殿下はお休みください」
「……そうだな。そうするとしようか。……今日は本当に」
「大丈夫ですよ。気にしていません。……むしろこれ以上繰り返される方が、困るかもしれません」
先回りして冗談めかしてそう言うと、アトラス王太子は美貌の顔に焦りを浮かべる。彼がこんなふうに動揺する表情をするのは初めて見た。
「! 分かった。ではアシュトン嬢もゆっくり休んでくれ」
「はい」
そこでソファから立ち上がり、退出しようとすると。
「部屋まで送る」「えっ」
私の部屋はアトラス王太子の部屋から廊下を挟んで斜め右。目と鼻の先だった。送る必要は……。
彼は手を差し出し、エスコートするつもりであると分かる。
(どうしてすぐそこなのに。見送りにも疑問だけど、エスコートも……どうしてしまったのかしら、アトラス王太子殿下は!?)
そう思ったら、私をエスコートして歩き出しながら、彼はこんなことを言う。
「次に宿に浴室が一つしかない場合は、わたしが見張ろう」
「!?」
余程責任を感じているようだ。
(もうここはこの申し出を快諾し、終わりにした方がよさそうね!)
「分かりました。その際は、よろしくお願いいたします」
「勿論だ! 任せて欲しい」
ようやくアトラス王太子が笑顔になった時には、私の部屋の前の扉に着いていた。
◇
やたら川に橋がないせいで、迂回をしたり、数日前の豪雨で水はけが悪く泥道になった場所を回避した結果。予定より五時間ほど遅れることになったが、遂に帝都に到着した。
到着しても皇宮のある中枢部ではまだない。
帝都のはずれだった。
そしてそこには母親が送られた修道院の石造りの建物が小さくではあるが、見えている。
(お母様。ブレイクデーは間もなくです。必ず、救い出しますから。お待ちください!)
建物は見えても、距離は遠い。
今、修道院に立ち寄っては、帝国祭の最終日には間に合わなかった。
まさに後ろ髪を引かれる思いで移動を開始した。
お読みいただきありがとうございます!
次話は20時頃公開予定です~