帝国へ(5)
「湯浴びは僕がしているということにするので、安心してください。誰も浴室には入らせませんから」
「ありがとうございます、クウ……。でも本当にいいのでしょうか? 脱衣所で私の入浴が終わるまで番をするなんて……」
「気にしないでください。むしろ、僕などが見張りで申し訳ないです」
これには私が慌てて否定することになる。
「そんなことはないわ! 私は従者となっているし、この宿屋、今日は女性の泊り客はいない。よって男性しかいないなら、みんな遠慮なく浴室を使うと思うの。見張ってくれる人がいないと、一人では入浴なんて、できないもの……」
日没前まで移動し、無事に宿場町へ着いた。
帝都から離れた少し寂れた宿場町。
宿は一つしかなく、そこに浴室は一つしかない。
他の宿泊客が湯浴びを終えた遅い時間にこっそり入浴しようと考えたのだけど……。
浴室は、使わない時に宿の主がかけるためのカギ穴はあるが、内鍵はなかった。
もしも酔っ払いが浴室に入ってきたらと思うと、入るに入れないでいたところ、クウが「どうしたのですか?」と声を掛けてくれたのだ。そこでありのままを話すと――。
クウは自身が入浴していることにして、脱衣場に待機し、誰か来たら「時間をおいて来て欲しい」と伝えることを提案してくれたのだ。そしてこれは実に名案だった。
もし脱衣場ではなく、廊下で待機していると、それは変な意味で目立ってしまう。男が一人で入浴するのを恥ずかしがり、見張りをつけている……かなりシュールだ。では高貴な身分の人間が入浴中なので、見張りがいる……これでは金持ちはここにいるので狙ってくださいとアピールするようなもの。
ゆえに脱衣所で番をしてくれることになった。そして「湯浴びは僕がしているということにするので、安心してください。誰も浴室には入らせませんから」と言ってくれて、私は「ありがとうございます、クウ……。でも本当にいいのでしょうか? 脱衣所で私の入浴が終わるまで番をするなんて……」と応じたわけだ。
最終的にクウの協力を得て、私は入浴することができた。
ちゃんと髪と体を洗い、さっぱりして新しく入れたお湯の中に体を沈める。
ぽちゃん、ちゃぽん……。
天井から落ちる水滴が湯船に落ち、格子窓の外からは夏虫の鳴き声が聞こえる。
ここが街の中心部であれば、まだこの時間、喧噪が聞こえるだろう。
だがここは街から遠い宿場町。
旅の途中の人々は、夜は早く寝て、早朝から動き出す。ゆえに夜はまだこれからという時間だが、夏虫の鳴き声以外の音は聞こえず、静かな夜だった。
ここは帝国であり、私にとっては故郷になる。そこへ戻ったのだが……感慨深い気持ちにはならない。
ただブレイクデーを成功させ、両親を救い出し、兄と再会するためにこの地に戻って来た。そこに郷愁のような感情が割り込む余地はなかった。
帝国を滅ぼす。
そう心に決めてから、帝国は私の故郷ではなくなったのかもしれない。
そんなことを思っていた私は、ふとクウに声を掛けていた。
「クウはレイラ姫についてセントリア王国まで来て、故郷のカウイ島が恋しくなりませんか?」
こんなふうに話しかけられると思っていなかったようで、クウは一瞬黙り込んだ。
「故郷を恋しく思う……その気持ちがないわけではありません」
ゆっくりではあるが、クウが静かに語りだす。
「カウイ島には両親や弟、妹……親族も沢山います。ですが僕はカウイ島一の戦士と認められ、レイラ姫にお仕えすることになりました。その日から僕にとってのカウイ島は、レイラ姫です。姫と共にあることで、僕はカウイ島一の戦士と認められます。それに姫の笑顔を見ていると、カウイ島の明るい陽射しが降り注いでいる気持ちになり、寂しさや郷愁で涙することもありません。姫のそばにいると、僕はカウイ島を恋しくなることもなく、幸せです」
クウの忠誠心は厚いものと思っていたが、今の言葉を聞くと、それは護衛騎士というよりも……。
「サンはどうなのですか? レディの身でありながら、男装してまでここまでいらした。ご両親に一刻も早く会いたい気持ちと同時に、故郷への愛が、君をここまで突き動かしたのではないですか?」
真摯なクウの問い掛けに、私は自然と本音を明かしてしまう。
「私がここまでしてアトラス王太子に同行したのには三つの理由があります。一つ目は、私との有責の婚約破棄を実現するため、罠に落ちることになった両親。兄も含め、一刻も早く顔を見せ、謝りたい気持ちがあるんです。二つ目は見届けたい……という思い。帝国の終焉は私が話した情報が発端です。目の前で帝国が終わるその瞬間。それをきっちり焼きつけておきたいと気持ちもあります。そして三つ目は――」
そこでガタッという音がして、心臓が止まりそうになる。
「!? 旦那様、申し訳ありません。今、サンが入浴中です。自分は見張りとしてここにいました!」
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