帝国へ(4)
今回一番安全な南の地、つまりは帝国の南の辺境伯が治める地から、入国することになる。
本来の身分を明かしても、南の辺境伯の領地なら問題ないように思えた。だが敵を騙すには味方から。このセオリーに従い、アトラス王太子はその名を伏せ、入国することになった。
人数としては六人。偽の身分は旅の行商人で、各地で仕入れた布を売るために向かっていることにした。
「荷馬車の積荷は確かに布だ。そちらが責任者で、その二人が従業員。従者は一人、護衛の兵士が二名か。よし、分かった。入国を許可する」
まさか大国で知られるセントリア王国の王太子が、供の者五人で移動しているとは思わない。さらには帝国祭の人の移動もあるため、ここはすんなり許可をもらえた。私も普通に従者と見なされ、入国出来た。
(良かったわ! これは男装が成功しているということだもの!)
ここから先、私は荷馬車の御者席に座り、私が乗っていた馬には従業員に扮している近衛騎士が騎乗となる。
行商人の従者が馬に乗って移動は目立つ。大商人の隊列ならまだしも、この少人数なのだ。
「よし、出発する。日没まで進むと、宿場町に着く。そこで今日は一泊だ」
アトラス王太子の合図に移動を開始する。移動が始まって思うことは「帝国はなんて悪路なんだろう!」ということ。
セントリア王国を移動していなければ、こんな感想は持たなかったと思う。だが既にセントリア王国を知ってしまったので、帝国のインフラ整備の遅れを噛み締めることになる。ようは馬車道としてちゃんと整備されている道は少なく、橋もほぼないことが「信じられない!」になってしまっていた。
「旦那様、ここから五十メートルほど下流が浅瀬になっており、渡りやすいそうです」
従業員に扮した近衛騎士が地元民に確認し、橋がない川を渡る算段を立てる。
「分かった。帝国で橋のない川は毎度のこと。よし、下ろう」
旦那様と呼ばれた旅の行商人の責任者に扮するアトラス王太子の言葉に、一応元帝国民の一人である私は恥ずかしくなってしまう。
同時に思うことは、皇帝陛下は大馬鹿ものだ!ということ。
セントリア王国では馬車道の整備が進み、王都から離れた場所でも道が整備され、橋が架かり、標識も頻繁に設置されていた。しかも近くに村や町がある場所には、街灯まであるのだ。
きちんとインフラを整えているからこそ、いくら帝国が奇襲を仕掛けても、あっという間に王都から派遣された兵士が到着してしまう。
帝国に勝ち目なんてないのに、何度も戦を仕掛けた歴代皇帝は……井の中の蛙大海を知らず、だった。
ということでセントリア王国では気にならなかった悪路のせいで、荷馬車の御者席に座っていた私は若干酔いながら休憩となる。
「サン、顔色が少し悪いが、大丈夫か?」
荷馬車から降りた私に声を掛けてくれたのはクウ!
誓い通り、この旅の道中、アトラス王太子以上に私を気にかけてくれる。
「セントリア王国と違い、帝国は悪路なので……。以前の私なら大丈夫だったのでしょうが、今は整備された道に慣れてしまったようです。少し……酔いました」
素直にクウに打ち明けると、彼は笑いながら懐から何かを取り出した。
「これはレイラ姫も好きなミントキャンディです。僕たちの母国であるカウイ島に、ミントはありません。よって初めてこのキャンディを口にされたレイラ姫は驚き、護衛騎士である僕に『クウ、驚きよ! とっても爽快なキャンディだわ。食べてみて!』とプレゼントしてくださったのです。これを舐めると気分がスッキリするので、以後、僕も愛用しています」
そう言いながらクウが缶の蓋を開け、私の方へと差し出す。そこには不揃いの透明に近い、白い丸い形のキャンディが詰まっている。
「いただいていいのですか?」
「ええ。小さいサイズなので、二~三個口に含んでも問題ないかと」
「ありがとうございます! では二粒」
こうしてミントキャンディを口に入れると、爽やかな味と香りが鼻孔にまで広がった。
(なんだかムカムカしていた気分もスッキリするわ!)
「ありがとうございます、クウ!」
「お役に立てて良かったです」
クウと向き合い、微笑んだ瞬間。
ふわりと風を感じ、香水のいいにおいがしたと思ったら。
私の体はクルリと後ろを向かされている。
これには「!?」と驚いたが――。
「二人で何をしているのかな?」
私を半回転させたのは、行商人の旦那様の装いのアトラス王太子だった!
ゆったりとした麻の白いチュニックは、砂漠のキャラバンにいそうな雰囲気。スタイルも顔も良いアトラス王太子なので、その服装も実にさまになっていた。
「旦那様、ご報告します。サン様は悪路により、少し酔い気味とのこと。そこでわたしが持参していたミントキャンディを差し上げたところです」
クウはキリッとした表情で、自身の手を胸に当て、アトラス王太子に最大限の敬意を払って報告した。それを聞いたアトラス王太子はこんな提案をする。
「なるほど。ではこの休憩では皆でペパーミントティーを飲むとするか」
「! ハーブティーがあるのですか!?」
思わず私が尋ねると、アトラス王太子はコクリと頷く。
「眠れない時のカモミールティー、リラックスしたい時のラベンダーティー、気分転換のペパーミントティー……そんな感じで、旅に出た時はハーブティーも持参するようにしている。それにペパーミントティーは消化促進の効果もあると言われているから、そのムカムカにも効くだろう」
そう言うとアトラス王太子は近衛騎士の一人に声をかけ、荷場車の一画に積んだ木箱からペパーミントティーの茶葉を出すように命じた。
「失礼」
「?」
アトラス王太子はスッと伸ばした手で私のおでこに触れた。驚きで心臓がドキドキと言い出す。
「熱はない。もしも具合が悪くなったら、遠慮せずにわたしに言っていただきたい。わたし自身、アシュ……サンのことを気に掛けているが、健康状態は本人が一番分かるはず」
既に私のおでこから、アトラス王太子の手は離れている。それでも私の鼓動は早いまま!
「そ、そうですね。不調があったらすぐに旦那様に相談します!」
幼い頃に第二皇子の婚約者になり、私に気軽に触れられる人間はいなくなった。婚約者であるベネディクトは、意図的に胸や腰やお尻に触れようとしたが、それを私は拒んできた。よって今みたいにアトラス王太子に触れられると……。
彼にときめいてはならない。
それは重々承知しているのに。
何度深呼吸を繰り返しても、忙しない鼓動は治まってくれなかった。
お読みいただきありがとうございます!
三連休ということで今夜22時頃にもう一話更新いたします!
体調や翌日の予定に合わせて
どうぞ無理なさらずにお楽しみくださいね。
また明日のお昼にお会いしましょう☆彡





















































