帝国へ(3)
私が帝国へ同行するとなったので、男装のための衣類一式が部屋に届けられた。
数は少ないがセントリア王国には女性のスパイもいるという。彼女たちは必要に応じ、男装することもある。その時に使う装備一式を届けてもらえたのだ。
「まあ! これは胸に巻く布だそうです。寄せず、あげないでつぶす……と説明書に書かれています。お嬢様はせっかく素晴らしいバストをお持ちなのに……つぶす、だなんて勿体ないです」
レニーはそう言ってくれるが、男装するのだから仕方ない。
「女性とバレないためだから……。ひとまず巻いてみるわ」
こうして胸を目立たなくするよう、布を巻きつけ、男性用の下着を身に付ける。サイズは女性用に調整されており、ダボつくことはない。
アトラス王太子の従者ということで、身につけるのはシャツ、ウエストコート、ジャケット。どれも夏用に薄手で軽量な生地で仕立てられている。上質な革靴を履いて、着替えは完了。
髪はポニーテールとまではいかないが、少し上の位置で束ねて結く。
姿見の前に立つ自分の姿を見ると──。
「お嬢様、見えます! こんな美少年の従者、いますわ! 少年従者らしく見せる工夫が、衣装と一緒に届けられた紙に書かれていますよ」
レニーが読み上げて教えてくれる。
「背筋をまっすぐ伸ばし、胸を反らさない……ドレスを着ている時は胸を張りますが、それは男装している時はNGだそうです」
「なるほど。ではこんなふうにすればいいかしら?」
背筋を伸ばし、肩を少し前に出す。
「いいと思いますよ、お嬢様! 次に歩き方です。歩幅を心待ち広くして、踵から静かに着地するように歩く──そうですわ!」
レディはドレスを着ているので、つま先を内向きに、小股で歩くのが通常。レニーの言う歩き方はまさに男性ならでは。
「どうかしら、歩幅はこれくらい?」
「もう少し、心持ち幅があってもいいかもしれません」
「これぐらい?」
「いいと思います!」
背筋を伸ばし、肩を少し前に出した状態で、歩幅を気にしながら歩く。意外と大変だが慣れるしかない。
「そういえば手はどうすればいいのかしら? 今はこうやって体の横に下ろした状態だけど」
「お嬢様、それが正解です! 女性は手をおへその辺りで組んだり、体の前に持ってくることが多いですよね。でも男性、従者は手は横に下ろしているのが、正解だと書かれています!」
さらには従者なので荷物など率先して待つ必要があるし、そこはさっと無駄なく動く必要があると言う。
「お嬢様、男装した女性が最も注意するべき点は視線、だそうです」
「視線……もしかして相手の目をちゃんと見て、主から指示を受けたら、合わせていた視線をすっと逸らす必要があるのかしら?」
「その通りです、お嬢様! レディがじっと相手を見るのは、はしたないとされ、視線を逸らしがちです。それを封じる必要があるそうですよ!」
それを言われ、気がつくことになる。前世記憶が戻ってから、私は相手の目をわりとじっと見るようになっていた。男装した際、視線についてはうまくやれそうだが、逆に本来のレディである時、あまり相手をじっと見るのは控えないといけないわ!という気づきになった。
他にも従者という立場であることから、挨拶や礼は素早く行う。その礼も日常的なものであれば、頷くか、軽く会釈だけでいい。ドレスを着たレディがやるカーテシーや優雅な挨拶や礼は不要だった。とにかくもたつかず、手慣れた感じで動けば、変な注目を集めないということも理解できた。
「お嬢様、出発は明日ですよね。それまでは特訓ですか」
「そうね。長年染みついた習慣があるから、ギリギリまで練習した方がよさそうね」
こうして出発までの限られた時間で、男装をしても女性とバレないよう頑張ることになったが。
「お嬢様、歩く速度が少し早いかもしれません!」
「! そうね。今はドレスだったわ!」
そんなうっかりもありながら、帝国へ向け、旅立つ日がやって来た。
朝食を終えると、早速旅立ちとなる。
今日は一日がかりで移動し、宿場町に宿泊。
翌日のお昼頃に国境を超えることになる。
朝食の時はドレスだったが、終わるとすぐに男装に着替えだ。
白シャツに、クリーム色のウエストコート、そして濃紺の麻のジャケットを合わせ、茶色の革靴を履いて用意は完成した。
「お嬢様……いえ、『ブレイクデー』が終わるまではサン様ですね。どうぞ気を付けて、いってらっしゃいませ。ご無事の帰還を心からお待ちしています!」
レニーに見送られ、エントランスへ向かう私は「ミドルネームのサラとアシュトンのファミリーネームをドッキングして、短縮した「サン」という名前の少年従者として過ごすことになる。
「サン。改めてよろしくお願いします。レイラ姫から命じられています。王太子殿下とあなたを、その名を賭け、守るようにと。ブレイクデーが成功するその日まで、共に頑張りましょう」
そう私に声を掛けてくれたのは、レイラ姫の護衛騎士であり、今回、私たちに同行することになったカウイ島一の戦士でもあるクウだ!
「はい! クウにサポートいただけること、とても心強いです。よろしくお願いいたします」
私が挨拶をすると、クウはこれから私が乗る馬の所へと案内してくれる。
通常、従者は主の乗る馬車や馬に徒歩で従う。だが王太子の従者はただの従者ではなく、剣術や乗馬の訓練も受けている。もちろん、護衛騎士には及ばないが、そんな彼らは通常の従者とは一線を画す。ようは徒歩ではなく、騎乗で随行が当たり前だった。
ということで私もそんな従者の一人に扮し、栗毛に騎乗した。
「アシュトン嬢……乗馬は本当に問題なさそうだ。サイドサドルではなく、我々男性陣と同じスタイルで騎乗できる。それだけで君は男性にしか見えない」
アトラス王太子にそう言われ、私は安堵する。
「それは良かったです! サイドサドルも習っていましたが、通常の騎乗スタイルも身に着けておいてよかったと思います」
私がそう応じたまさにその時。
「それではアトラス王太子殿下、ご出立となります」
侍従長の声が高らかに響く。
「では出発」
アトラス王太子の合図で、ゆっくり皆が動き出す。
今回、隠密行動にも近いため、セレモニーはない。代わりにエントランスに出てきている国王陛下夫妻、王女、レイラ姫、その他重鎮から一部の貴族、レニーたち使用人に見送られ、私たちはついに帝国へ向け、出発となった。
お読みいただきありがとうございます!
次話は20時頃公開予定です~






















































