帝国へ(1)
帝国祭の演説の場を使い、皇帝へ引導を渡す。
そのチャンスは二度ある。
帝国祭の開幕に合わせ、初日に行う演説と最終日に行われる演説だ。
「父上。より多くの騎士と兵士を潜入させるため、帝国祭の最終日の演説を『ブレイクデー』に定めようと思います」
アトラス王太子から、四人の辺境伯の協力を取り付けた話を聞いたその日の夜の夕食の席。ここで彼は国王陛下に、帝国へ引導を渡す=ブレイクデーについて話した。
「うむ。それでいいだろう。少しずつ潜入させたスパイと騎士も帝都に集結しつつある。頃合いとしてその日がちょうどいいだろう。それでアトラス、おぬし、本当に帝都へ出向くのか?」
これには「えっ」と驚きの声をあげそうになり、それは何とか呑み込む。
(セントリア王国の王太子が帝都に現れるなんて……。かなりセンセーショナルなことだと思うわ!)
「帝都に敵国の王太子がいることで、帝国民は状況を理解するでしょう。国境を突破し、帝都に至っている。その意味を噛み締め、今さら戦っても勝ち目がないと、無駄な抵抗をしないはずです」
アトラス王太子の言葉に、国王陛下はワインを口に運びながら、こう応じる。
「だがこうはならないか。遥か彼方にいるはずのセントリア王国の王太子がいるとなっても、まずは偽物と疑われるのでは?」
国王陛下の指摘に「確かに」と思ってしまう。
「嘘、信じられない」から「え、偽物では!?」という発想に至る思考回路は理解できるもの。
「偽物と思われないよう、セントリア王国に代々伝わるドラゴンの宝剣、マントに王家の紋章が刺繍されたものを着用します」
それは実に分かりやすい。敵国の王家の紋章がついたマントなんて、帝国内では絶対に手に入らないもの。とても目立つと思う。でも目立つということは……。
「そんなことをしては狙い撃ちされぬか? その広場、警備は厳重なのであろう? おぬしの剣術の腕はソードマスター級であることは知っておる。だがさすがに広場に面するバルコニーで、ほぼ全方位から狙われたら……」
まさに国王陛下と同じ不安を覚えていたので、この問いにアトラス王太子がどう答えるのかが気になる。ただ剣術の腕前がソードマスター級ということは、騎士団の副団長をしていた私の兄に匹敵する強さではあった。
(騎士でもないのにソードマスター級は尋常なことではないわよ!)
「帝国に引導を渡すはずが、わたしの首が落ちるようなことになっては……末代までの恥となりましょう。そのようなことが起きないよう、手は打ってあります。そこはご安心ください」
「殿下」
そこで可憐な声をあげたのは、アトラス王太子の婚約者であるレイラ姫だ。今日もヤシの木のような葉と花が描かれた、鮮やかな色合いのカウイ島の王朝の伝統衣装を着ている。
「帝都へ向かわれるなら、クウをお連れ下さい。私はこの王都の宮殿や王宮にいる限り、安全です。ですが殿下が向かうのは敵地の都。クウはカウイ島一の戦士であることから、私の護衛騎士に選ばれています。剣も得意ですが、島では狩りが日常的なので、槍と弓も得意です。それに目がとてもいいので、もし殿下を狙う矢じりがあれば、キラッと煌めいた瞬間を、クウであれば見逃さないと思います」
カウイ島一の戦士! しかも最後の話を聞くと、そのクウという戦士、確かにアトラス王太子の護衛に最適に思える。バルコニーにいて矢で狙われた場合、いち早く矢に気付き、避けるしかないのだから。
「レイラ姫……ありがとう。だが彼は君にとっては幼なじみでもあり、兄弟のような存在なのだろう? もしもがあったら」
「殿下、クウはカウイ島の火の女神と風の神から生まれた戦の神の化身と言われています。神による強い加護もあるので、そこは心配いりません。クウに向かう矢は、彼に命中する前に失速したり、あらぬ方向へ転換すると言われているぐらいなのですから」
この世界に魔法やドラゴンがいるわけではないが、伝承としてそういった存在は残っている。そこは前世と同じような感じ。ゆえにクウが神の化身であるとか、矢に起きる不思議が本当にあるのかは……分からない。でもレイラ姫がクウをとても信頼していることはよく分かった。
(クウというその戦士。どんな人なのかしら……?)
そこで思い出すのは、初めて国王陛下夫妻と昼食をとった日の時のこと。あの日、レイラ姫と同じ髪色と瞳と肌の青年がいたが、きっとあの彼に違いない。
「分かりました。クウ自身の意志も確認し、同行させるかどうか判断します」
アトラス王太子の言葉に私は驚く。
王太子の護衛。それはとても栄誉なことであり、まず断ることなんてあり得ないと思う。
(王太子として命じることもできるのに。彼は相手の意志を尊重するのね。驕ることのない立派な心掛けだわ。レイラ姫は間違いなく幸せになれるわね)
アトラス王太子と顔を見合わせ、談笑する二人を見て「お幸せに」と思っているのに、胸が痛む。
「アシュトン嬢。アトラスによるブレイクデーが成功したら、すぐにそなたの両親、そして兄君を救出させよう。既に三人の居場所は掴み、近くに人を配備している。特にそなたの父親に死が迫っていることは分かっているのだ。アトラスが、自らの右腕とも言える近衛騎士隊長のローグ卿を、そなたの父君のところへ送り込んでいる。さらに母君のいる修道院へは、これまたアトラスの左腕と言える近衛騎士副隊長のトリス卿を潜入させた。ブレイクデーの混乱に巻き込まれ、命を落とすようなことはないので、安心するがいい」
国王陛下の言葉に、私は気持ちを切り替え、応じる。
「お気遣い、ありがとうございます。お父様もお母様も共に帝都のはずれにいるので、できれば私が直接迎えに行ければと」
「!? そなたまさかアトラスと共に、帝都へ向かうつもりなのか!?」
(そういえば私も帝都へ同行すること……話していなかったかしら?)
お読みいただきありがとうございます!
三連休中の夜更かし更新~
もう一話、今夜23時頃に更新いたします!
遅い時間ですの体調や翌日の予定に合わせて
無理なさらずにお楽しみくださいませ。
また明日のお昼にお会いしましょう☆彡





















































