先駆け(2)
北の辺境伯は、セントリア王国の諜報部と騎士から話を聞き、こんなことを口にした。
『先祖代々この北の地を守って来た理由。それは民草が平和に安心して暮らせるように、この場所を守るよう、皇家に頼まれたからだ。過酷な北の地ではあるが、そこから先祖が開墾を行い、領民も増え、現在に至っている。我が先祖は約束を守り続けているが、皇家はどうだ?』
北の辺境伯は私の兄のことにも触れている。
『ここにいる若者は帝都を守る騎士団の副団長だった。彼の父親は罪人とされているが、話を聞く限り、罠に落とされたのだと思う。そして彼自身は副団長に相応しい器だ。それなのに北の地へ送ってくるなんて……皇家は地に落ちた。我が命を賭けて仕える主ではなくなった』
北の辺境伯は皇帝を切り捨てる決断をしたのだ。
彼にこの決意をさせた人物は間違いない。
(お兄様のおかげだわ!)
そう思うにつけ、本当に運命とは分からないものだ。
騎士団の副団長を罷免され、強制労働を課された兄は、いきなり鉱山で崩落事故に遭遇することになる。そこで人命救助をしたのに鞭打ちになったが……。奇しくも北の辺境伯に会うことができた。そして今回の作戦で、思いがけず兄は一役買うことになる。それはまるで前世の主が、鞭打ちをされ、十字架に掛けられた後、復活した奇跡にも通じるように思えてしまう。
「帝国にとって、帝都を守る砦が、東西南北の辺境伯たちだ。彼らが動かなければ、帝都は丸裸も同然。セントリア王国の兵団は、難なく国境を越え、帝国へ入ることが出来る」
アトラス王太子の言うことはまさにその通り。さらに東西南北の辺境伯が、セントリア王国についたと知れば……。帝都にいる貴族、平民、その多くが白旗を上げるだろう。なぜなら……。
建国時、帝国民と皇家との距離は、今よりうんと近かったと皇族教育で習っている。共に新たな国として歩んで行こうと、初代皇帝は頻繁に平民と会う機会を作っていたという。
だが今は違う。
帝国民からしたら、皇帝陛下は雲の上の存在。会って話すなんて、夢のまた夢だった。遠くから眺められたら僥倖と思われている……そこまで熱心に皇帝を見たいと思う帝国民がいるのか。そこはかなり怪しい。特に昨年より、帝国民税という税金が、新たに課せられるようになった。帝国民からの皇帝陛下への支持は……かなり低下しているはず。
その一方で、辺境伯と領民の距離はとても近い。辺境伯は領地を頻繁に巡回し、領民の声に耳を傾ける。収穫祭も領民と大々的に祝う。ゆえに領民の多くが領主である辺境伯を信頼している。そしてそれぞれの辺境伯領は、帝都よりも広く、その領民の数は、帝国民と変わらない。そんな辺境伯がセントリア王国を支持すると決めたなら、領民は間違いなく従う。
帝都にいる騎士や兵の数はたかが知れている。東西南北の辺境伯たちがセントリア王国につくなら、勝ち目がないとすぐに分かる。それにこれまで、セントリア王国の戦に当たっていたのは、国境を接する南と東の辺境伯が中心だった。帝都には皇帝直属の騎士団もいるし、兵士もいる。だが実戦経験がある者は限られている。
それでも「戦え! 武器をとれ!」と言葉だけ勇ましくなるのは……皇帝陛下ぐらいだろう。
「今回の作戦が成功したら、四人の辺境伯はセントリア王国の新たなる辺境伯に任ぜられるということですか? 領地も変わらず、そのままスライドで」
「勿論、そのつもりだ。帝国が滅んでも、辺境伯たちが揺るがなければ、基礎は堅牢となる。一時、帝都を離れ、辺境伯領を目指す帝国民が増えるかもしれないが……。辺境伯の領地は広い。受け入れが可能なら、受け入れてもらい、セントリア王国としてもその受け入れを支援したいと思う」
アトラス王太子のブルートパーズの瞳は冴え渡り、そこにはみなぎる自信を感じる。
「まさか東西南北の辺境伯を先に押さえてしまうなんて……セントリア王国はとうに帝国を滅ぼす準備ができていたのですね。これはアトラス王太子殿下の発案ですか?」
私が問うと、アトラス王太子は不思議そうな表情になる。そして「確かに発案はわたしだが……」と言った後、こう語りだす。
「辺境伯を押さえることができたら、軍の移動が楽になる。足掛かりは南の辺境伯との間にできていていたのは事実。ではセントリア王国の力だけで、南の辺境伯に皇帝を切り捨てる覚悟を決意させることができたのか。残りの東西の辺境伯から『イエス』を引き出せたのか。すべてが最大であり、保守的と言われた北の辺境伯が、セントリア王国を支持したかというと……」
そこでアトラス王太子はきっぱり言い切る。
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