先駆け(1)
「先に潜入していた騎士とスパイの働きにより、帝国の東西南北、それぞれを守る辺境伯を手中に収めることに成功した」
これは驚きではあるが、理解できることでもあった。
帝都から離れた東西南北に置かれているそれぞれの辺境伯は、任されている領地も広く、その自治権は通常の領主よりも広範に及ぶ。さらに帝都から離れていることで、中枢部で起きる出来事を客観視できる。その一方で、隣接する国々の文化を目の当たりにする機会が多い。
既に多くの周辺国で、奴隷制は廃止されている。捕虜に対する人道的な扱いが当たり前になりつつあること。それをそれぞれの辺境伯は知っているはずだった。
どこかで「このままでいいのか」という危機感を抱いていた辺境伯は多いと思う。それでも彼らは、帝国の盾であり、剣なのだ。隣国からの侵入に備え、帝国を守る彼らが皇家を見捨てることにしたのは……。
「まず、南の辺境伯。彼の領地と我が国は、広範囲で国境が接している。実は定期的に連絡もとっているんだ」
これには「! そうだったのですね!」と驚くことになる。
「国境を流れる大河は、セントリア王国と帝国をまたいでおり、ひとたび洪水が起きれば、敵味方は関係なくなる。お互い、人命救助を優先するんだ。その中で、帝国の兵をセントリア王国の騎士が助けることがあれば、その逆もある。そういった繰り返しで、実は帝国の南の辺境伯とは、穏やかな関係を築いていた」
戦が始まれば、敵味方で戦うことになる。だがその戦は古式ゆかしい戦い方をしていた。すなわち一対一で名乗りをあげ、戦うスタイル。そして勝敗がついたら、負けた方が一旦引く。そして翌日、また一対一の戦いをして……ということを実はしていたのだという。
「それもあり、南の辺境伯が一番でセントリア王国につくと声を上げてくれた。彼の協力もあり、また東の辺境伯は……アシュトン嬢にとって祖父なのだろう?」
私はピーチパフェに盛られたみずみずしいピーチの果肉を飲み込み、口を開く。
「はい、その通りで、母親の実家です。幼い頃、何度か遊びに行ったこともあります。辺境伯である祖父は母親を溺愛し、孫にあたる私にも毎年のように領地でとれる名産品を送ってくれて、誕生日ではポニーや犬もプレゼントしてくれました。母親が修道院送りになったと知り、怒り心頭だったと思います」
それでも動かなかったのは、祖父が東の辺境伯だったからだ。踏みとどまった祖父だったが、帝国が既に腐ったリンゴに成り果てていることを知り、皇家を見限る決意をしたのだろう。
「辺境伯の中で一番伝統があり、由緒が正しいのが東の辺境伯。そして東の辺境伯は、西の辺境伯とは親族関係にある。ゆえに東の辺境伯からの手紙で、西の辺境伯もすぐにセントリア王国につくと返事をしてくれた」
南の辺境伯が味方についてくれること、それは私にとっては想定外だった。いつも起きている小競り合いの戦いは、南の辺境伯の領地が多かったからだ。よって一番でセントリア王国につくと宣言したことには驚いたが、アトラス王太子の話を聞いて、納得だった。自然災害が起きたら、戦争どころではなくなる。
南の辺境伯の件は驚きだったが、東西の辺境伯は違う。協力を求めたら、何なら私の名前を出せば、きっと首を縦に振ってくれると予想していた。
だが北の辺境伯は、北方の大地で代々辺境伯を務めている一族。冬になると凍てつく氷と雪とで閉ざされるような場所が領地であり、辺境伯の中でも一番、保守的な一族だと思う。敵国であるセントリア王国からの声をかけても、話すら聞いてもらえないのではないかと思ったら……。
「北の辺境伯の領地に、君の兄君が送られた鉱山がある」
「そういえば、そうでした!」
そこでアトラス王太子は「これは君が知らない話だと思う」と言うと、私を激震させる話を始めた。
「君の兄君の強制労働が始まったその日、鉱山では崩落事故が起きていた」
これには驚き、私はパフェのスプーンを落としてしまう。レニーがすぐに拾って新しいものを持ってきてくれたが「ありがとう」の一言も出てこない。
「兄は……兄はまさか」
「落ち着いて、アシュトン嬢。こんなに顔を青ざめさせて……君の兄君は無事だから」
「……!」
安堵した私は椅子の背もたれに身を預けることになった。
「事故が起きた時、君の兄君は実に冷静に行動したと聞いている。何より、いち早く異変に気付き、鉱夫たちを避難させた。だがそれは現場監督の指示に反した行動であり、彼は鞭打ちを受けることになってしまう。北の辺境伯の前に、規律を乱した者として、差し出されることになってしまった」
思わずテーブルに両手をつき、私は椅子から立ち上がってしまう。
「そんな……! どうして人命救助をしたのに、鞭打ちをされ、罪人扱いなんかに……」
するとアトラス王太子はそっと私の手に触れ、綺麗な微笑みを浮かべる。ドキッとしたところで彼が口を開く。
「でもむしろ現場監督の仕打ちが、今回の奇跡につながる」
「?」
「北の辺境伯は保守的な人間であり、規律には厳しい。それでいて情には厚い人間だ。規律と人命だったら、人命を優先するタイプだった」
「それはつまり……」
私はストンと椅子に腰を下ろす。
「北の辺境伯は、君の兄君の行動を称賛し、鞭打ちをした現場監督を罰した。そして鞭打ちされた背中は、ひどい状態だった。そこで北の辺境伯は、怪我を負った君の兄君を、自身の屋敷で療養させることにしたんだ」
療養する兄と北の辺境伯は、話をする機会を何度も持つことになる。その中で北の辺境伯は、私の父親であるアシュトン元公爵の無実を知り、皇家の裏切り、狡猾なマチルダン男爵の暗躍を理解した。
そんな状況の中、セントリア王国からの諜報部のメンバーが、北の辺境伯に接触した結果。彼はセントリア王国の蝶部員を追い払うことはなかった。密かに屋敷に招き入れ、兄同席の元、話を聞き、そして――。
お読みいただきありがとうございます!
明日からは三連休ということで
もう一話、今夜22時頃に更新いたします!
体調や明日の予定に合わせて
どうぞ無理なさらずにお楽しみくださいね。
また明日のお昼にお会いしましょう☆彡





















































