謁見(4)
終身刑のはずの父親が死刑にされそうになっている。その理由をアトラス王太子が冷静に分析してくれた。
「アシュトン元公爵は穏健派として、帝国民からの人望が厚い。終身刑のまま収監し続けるのは、危険と考えている節もあります。支援者が現れ、脱獄し、皇家に反旗を翻しはしないか──そんな懸念です。罪人としてしっかり処刑してしまえば、その名誉は完全に地に堕ちるでしょうから」
「……そうですね。その可能性はあると思います。もしも父親が処刑となれば、次は……」
「君の兄上がそうなる可能性が出てきます」
父親は穏健派として人気があり、兄は騎士団の副団長として人気があった。そんな二人を罪人だからといきなり死刑にするのは、皇家としてもリスキーだと思っていたのだろう。段階を踏み、世論を操作し、死刑の風潮を作り上げる……。
祖国を滅ぼすこと。そこへの躊躇がゼロだったわけではない。特に転生者である私がそこまでしていいのか、という気持ちもあった。だが今の話でそんな躊躇いなど持つ必要のない国なのだとよく分かった。
「アシュトン嬢」
優しい声音でアトラス王太子に呼ばれ、私はハッとして顔をあげ、彼を見る。
「ここにいる皆が、君の味方です。君の大切な家族は、必ず助けます。そうですよね、父上」
アトラス王太子の問い掛けに、国王陛下が即答してくれる。
「ああ、そうだ。そなたの勇気にセントリア王国は全力で応える。そなたさえよければこの昼食の後、早速スパイの件の情報をもらえるか?」
「勿論です、国王陛下!」
私は力強く頷いた。
◇
セントリア王国内にいるスパイが一人、また一人と姿を消し、偽の情報が次々と帝国へ送られることになった。同時にセントリア王国の諜報部のメンバーや騎士の精鋭は、続々と偽りの身分で帝国へと侵入している。
折しも帝国祭に合わせ、帝都には、様々な国から屋台や旅の踊り子、大道芸人、演者がやって来ていた。二週間に渡り行われるこの祭りにより、帝国では人の往来が一年で一番、激しくなるのだ。その流れに乗じて、セントリア王国の諜報部と騎士は、帝国にスムーズに入り込むことになった。
国王陛下もアトラス王太子と同じく、有言実行だった。その日に向け、着々と準備を進めてくれている。一方の私は――。
「アシュトン嬢、情報の提供、ありがとうございました」
「いえ。では続きはまた明日ですね」
「はい、またお願いします」
私は国王陛下付きの補佐官に連日、今回の作戦に役立ちそうな情報、さらには帝国崩壊後にも活用できそうな情報を話していた。すべて私の脳に入っている、皇族教育で得た情報だ。補佐官は私から話を聞くと、必死に羽ペンを走らせている。そしてこの情報共有の時間は、毎日朝食後からティータイム前での時間を使い、行われていた。
私としては朝から晩まで話しても構わなかったが、聴取をしているわけではない。私が気分転換できるよう、ティータイム前までと決めてくれていたのだ。
こういった配慮には、心から感謝だった。
「お嬢様、今日も終わったのですね。紅茶とお菓子を用意してあります。休憩なさってください」
私が応接室から出ると、レニーが笑顔で待っていてくれる。麻の碧い薔薇がプリントされたドレスを着た私は、明るいグレーのドレスを着たレニーと並んで歩き出す。
「ティータイムで用意してくれたのは、どんなお菓子なのかしら?」
「今日はセントリア王国名物のピーチパフェを用意しています。たっぷりのピーチの果肉とバニラアイス、フレッシュクリームを楽しめるスイーツです」
それは想像するだけで美味しそうで、私は笑顔になったのだが。
「それはとても美味しそうだ。わたしも味見はできるだろうか?」
声に振り返ると、そこにアトラス王太子がいる。スカイブルーのセットアップを着た彼は実に爽やか。
「アトラス王太子殿下! ……ティータイム、ご一緒されますか?」
「ええ、もしご迷惑でなければ」
「迷惑だなんて、とんでもございません! むしろ……ティータイムはレイラ姫と過ごさなくてよいのですか?」
するとアトラス王太子はふわっと優しい笑顔になる。
(婚約者であるレイラ姫のことを思い出し、つい浮かんだ笑顔なのかしら?)
「彼女は今日、母国の大使とお茶をしている。……その予定とは関係なく、今日は例の作戦の方で動きがあったので、それを共有したいと思っているのだが」
「! そうなのですね。それはぜひお聞かせください」
私はレニーにお願いしてピーチパフェをアトラス王太子の分も用意してもらうことにして、部屋へ向かうことになった。
夏の陽射しが強くなっているので、前室の窓は開け放たれている。
ちょど風の通りがいい場所に移動されていたダイニングテーブルに着席すると、早速ピーチパフェが運ばれて来た。前世のパフェと違い、グラスのような容器ではなく、平たいサンデーグラスに盛り付けられている。それでもピーチパフェが美貌のアトラス王太子の前に置かれると、何だかギャップを感じてしまう。
前世でパフェを食べる美青年をあまり見かけたことがないように。眉目秀麗なアトラス王太子とピーチパフェはギャップが満点。
ついそんな姿にほっこりしそうになるが……。
「先に潜入していた諜報部と騎士の働きにより、帝国の東西南北、それぞれを守る辺境伯を手中に収めることに成功した」
アトラス王太子の言葉に、私は気持ちを引き締める。
お読みいただきありがとうございます!
次話は20時頃公開予定です~





















































