謁見(3)
セントリア王国に潜伏している帝国のスパイは相当な数になると思う。何せ幾度となく、セントリア王国と帝国は戦をしているのだ。そしてその多くが、帝国側から仕掛けているのだ。仕掛けるためにはスパイが日々、セントリア王国の様子を確認し、『勝機あり。攻めるに最適』という情報を帝国に流すことができれば、奇襲となり、優位に立てる。
その逆もしかり、だ。
セントリア王国から仕掛けることは少ないが、もし事前に侵攻の気配を帝国のスパイが察知できたら、備えることが出来る。
情報を手に入れるため、沢山の帝国のスパイがセントリア王国に潜伏していた。そのスパイたちを押さえることで、情報戦で有利に立てる。
「他にも必要な情報で私が知っていることがあれば、全てお話しします」
「それは実に頼もしい。協力を頼む」
「勿論でございます、国王陛下」
そこで国王陛下の顔に笑顔が戻り、魚料理が登場する。
「情報というのはとても重要。アシュトン嬢が知りたいであろう情報をわしの方でも入手しておる。といってもそれを報告してくれたのはアトラスだ。アトラス、お前から報告を」
国王陛下が目配せすると、アトラス王太子は「かしこまりました。父上」と美しい笑顔を浮かべる。さらにその表情のままで私を見た。
(見ていると幸せになれる笑顔ね)
自然と私の頬は緩みそうになりながら、アトラス王太子の話を聞くことになった。
「帝国では、失踪したアシュトン嬢のことをどう考えているのか。潜伏させている諜報部の者に確認しました。その結果、『元皇族の婚約者であり、かつ元公爵令嬢のアシュトン家の長女マリナ。彼女は新たなる婚約者の元へ嫁ぐ途中で暴漢に襲われた。大怪我を負い、攫われたようだが……。残された血の量から察するに、既に命はない可能性が高い。父親の罪で、打ちひしがれている令嬢を襲った悲劇。もしも彼女の父親が悪事に手を染めていなければ、こんな悲劇は起きなかった。マリナ嬢は死に、悪人はのうのうと生きている。彼女の父親はこのまま終身刑でいいのか』――そう言った趣旨の新聞が発行されたそうです」
後半を聞いていると、頭に血が上りそうになるが、深呼吸で気持ちを静め、尋ねる。
「それは帝国民向けの説明でもありますよね。皇家の動きはどうなのでしょうか」
私の問いにアトラス王太子の口元に笑みが浮かぶ。
「……さすがですね。その通りです。これは帝国民向けのアピールのようなもの。帝国民はアシュトン家の長女マリナは死亡したと思っているのでしょうが……皇家は違います。限りなく死亡と思っているようですが、念のため、捜索を続けています。ですがその捜索は、主に帝国内です。公爵夫人の実家の領地へ向かったのではないか、親戚の領地へ逃げ込もうとしているのではないか。まさか国外へ向かったとは思っていないようです」
これを聞く限り、今行われている捜索は形ばかりに思えた。本気で探しているわけではなさそうだ。
「そうやって捜索を続けつつ、第二皇子の新たなる婚約者として、シェリー・マチルダン男爵令嬢が紹介されています。『元婚約者が悲劇の死を遂げた。傷心の第二皇子に寄り添い、優しく慰める天使のような男爵令嬢が現れる』――そんな見出しで紹介されています。さらに『心優しい天使、第二皇子の新たなる婚約者に。天使のような男爵令嬢、前婚約者に哀悼の意を捧げるため、追悼ミサを開催』という記事も掲載されたのことです」
これを聞いた私は三回ほど、深呼吸が必要になった。
「アトラス王太子殿下、詳しく教えてくださり、ありがとうございます。そんなミサをしているなら、私の捜索は早晩打ち切りでしょう。形式的に、第二皇子とマチルダン男爵令嬢の婚約式を行うまでは……探すかもしれませんが。家族を使い、私を呼び戻すことは考えていないと思いますが……」
そこで言葉が詰まると、アトラス王太子が後を引き取ってくれる。
「アシュトン元公爵を終身刑ではなく、死刑にしようとしている動きが起きていること。そこを心配されているのですね」
ここはまさにその通りなので、私は頷く。
「帝国は間もなく帝国祭です。毎年夏の始まりに合わせ、帝国ではこの祭りを開いていますよね?」
アトラス王太子に問われ、私は「はい」と応じる。
帝国祭。それは何かと帝国民への引き締めが強い国が、飴と鞭の「飴」として行う大規模な祭りだった。帝国が大量に買い付けた安酒と、何の動物か分からない肉が無料で振る舞われるイベントだ。
「そう言った祭りの際、帝国では娯楽として、捕虜同志を真剣で戦わせる剣術大会を開催していますよね? 古来からの悪しき慣習だと思うのですが、血を見せ民衆を熱狂させる手法です。高揚感を幸福感とすり替え、一時、帝国民の満足度を上げようとしているのでしょうが……。アシュトン元公爵をその娯楽に利用しようとしている可能性もあります」
前世で言うなら剣闘士の戦いのような風習が、帝国ではまだ残っていた。父親はこれに反対意見を上げていたが、皇家はそれを却下している。
(娯楽の一環で父親が処刑されそうになっているなんて……)
怒りで奥歯をぐっと噛み締めることになる。
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