作戦遂行(6)
アトラス王太子は今回の私の行動を認めた上で、疑問を提起した。マチルダン男爵の暗躍に、一切気が付かなかったのか。私はベネディクト第二皇子と一緒にいる時間があっただろうに、不審な動きを感知しなかったのかと問われてしまった。
(これを聞かれるとは思わなかったわ!)
彼らの動きに気が付かなかったのかと言われたら、気づいていない。前世記憶を覚醒したからこそ、彼らにリベンジすると誓い、動き出しのだ。覚醒前の私は、乙女ゲームまんまの悪役令嬢であり、こんな未来が待っているなんて想像だにしていなかった。
「今、問われた言葉には……もう面目ないという感じです。ぬるま湯の中で生きてきて、いきなり荒波に放り込まれ、覚醒したというか。普段の私は両親同様でどこかおっとりしていたのだと思います」
少ししょんぼりした様子でそう伝えると、アトラス王太子は優しい笑顔になる。
「君を責めているわけではない。公爵令嬢なんだ。今日のような行動をとれる方がイレギュラーのはず。きっと家族のピンチに、君の中で普段眠っていた力が目覚めたのだろう」
(私の気持ちを汲んで寄り添う言葉をかけてくれたわ……!)
その心遣いにジーンと感動する。
ベネディクト第二皇子と一緒にいて、こんなふうに気遣われた記憶は……なかった。隙あらば、身体を手に入れる気満々の彼を前に、私自身常に張り詰めていたと思う。
「荒波に放り込まれ、そのまま沈む可能性だってあった。そこからよく浮上し、ここまで来たと思う。君の底力には感服している」
そこで言葉を切ると、その表情はキリッとしたものになった。
「だがそれはそれ、これはこれだ。君の努力は認めるが、王宮の王太子であるわたしの私室まで入り込んだこと。わたしが納得できる理由がなければ、目をつぶるわけにはいかない。君は自分でわたしの私室に入り込んだのに、命をとられるわけがないと豪語した。その心は?」
聡明さを称えたアトラス王太子の瞳が私を見た。
ここが勝負所だった。
私がここへ来た理由を明かす時が、遂にやって来たのだ。
「私は帝国で皇族の婚約者でした。長きに渡り、皇家の一員になるべく、教育を受けたのです。私のこの頭には、帝国の中枢に関わるありとあらゆる知識が詰め込まれています」
この言葉を聞いた瞬間。
アトラス王太子の口元にあの妖艶な笑みが浮かぶ。
「よく考えたな。皇族教育を受けた人間が、帝国を離れるなど、ありえないこと。だが君はイレギュラーな行動で、そのセオリーを打ち破った。そして君自身が帝国を揺るがす切り札になった、ということか」
なぜだか彼が我がことのように嬉しそうにしているのを見ると、励まされる気持ちになった。
ここは笑顔でこう伝えることになる。
「はい。王太子殿下が知りたい帝国の情報があれば、私が知りうること、全て提供いたします」
「……だが良いのか? わたしに話した帝国の情報。聞き流して終わりにするつもりはない。活用できる情報は大いに活用するつもりであるが」
ブルートパーズのような瞳がキラリと煌めく。
「私から聞き出した情報はぜひご活用ください。帝国の諜報部員のコードネームや暗号、皇帝陛下を守る皇族騎士団の数と規模、非公開で他国と結んでいる密約など、王太子殿下が知りたい情報があるのでは?」
「それは喉から手が出る程欲しい情報ではあるが……。それを知ったら、我が国は動くぞ?」
それこそが、私が望んだことだった。
「動いてくださいませ」
「動くの意味、アシュトン嬢は理解しているのか?」
「理解しています。それこそが本望ですから」
ホワイトブロンドの髪をサラリと揺らし、端正な顔立ちのアトラス王太子は真剣な表情になる。
「つまり君は祖国が滅びることを良しとしているのか?」
「可能な限り、一般市民に犠牲者が出ないようにしてください。そのための手立ても考えてあります」
「既に覚悟はできていると」
私はゆっくりと、でも深く頷く。
「長年、皇家を支えてきたアシュトン公爵家を切り捨てたデセダリア帝国にかける恩情などありません。私は牢屋に囚われている父親を救い出し、兄を呼び戻し、母親を迎えに行きたいと思っています」
そこで一度言葉を切り、前世記憶が覚醒した私の意見を口にする。
「帝国は未だ奴隷制という悪しき慣習を残し、皇家と貴族だけが特権階級にのさばろうとしています。マチルダン男爵のような狡猾な人間が力をつければ、ますます帝国は腐敗するでしょう。帝国の次の世代を担う若者も……王太子は保守的で融通が利かないタイプ。皇帝陛下の施策をそのまま踏襲するだけです。そしてベネディクト第二皇子……と、マチルダン男爵令嬢。帝国の未来に期待も持てません」
私の辛辣な言葉にアトラス王太子は苦笑している。
「たとえセントリア王国が引導を渡さなくても、早晩滅びの道を歩むことになると思います。そうなった時、苦しむのは民衆です。ならばセントリア王国の手で幕を下ろし、残された民に新たな道を切り拓いていただきたいと思いました」
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仕事の都合により次話は22時頃公開予定です
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