作戦遂行(2)
「さすが聡明なアトラス王太子殿下ですね。我がアシュトン公爵家の悲惨な末路について覚えていただいているとは。ええ、殿下の言う通りでございます。父親は鉄の監獄と言われるザ・アイアンに収監され、母親は辺境の地の修道院に送られました。兄は最北の地の鉱山に送られ、奴隷同然で強制労働です。そして私は第二皇子の婚約者だったことで、陛下から恩情をかけていただき、リオンヌ侯爵に嫁ぐように命じられましたが……」
リオンヌ侯爵へ嫁げばいいと進言したのは、シェリー・マチルダン男爵令嬢……ヒロインだと思うと、怒りが込み上げる。表向きは皇帝陛下の恩情としながら、その実は私を再起不能にするためなのだ。
(ここで不要な感情を出す必要はないわ。落ち着いて話を続けるのよ)
自分自身に言い聞かせ、口を開く。
「リオンヌ侯爵は……自身の小姓に手を出したのをきっかけに、性別問わず、幼児を手籠めにするような鬼畜です。よって三十を過ぎても独身でした。それでもデセダリア帝国では戦争の英雄として知られています。特殊な性癖も度重なる出征で心が病んだ結果なのかもしれません。ですがそんな相手であることを伏せられたまま、嫁ぐことになったのです。事前にその情報を察知し、何とか逃げ延び、ここに至ることになりました」
その後のアトラス王太子の行動には、さすがに肝が冷えた。彼は腰に帯びていた剣を抜き、私の喉元に突き付けたのだ。
「なるほど。そのような悪魔の花嫁になるぐらいなら、殺されたいと思い、ここへ参ったか?」
「いいえ。殿下。私は殺されるためにここへ来たのではありません」
肝を冷やしたが、失敗したらこの刃の餌食になると理解している。罪人とされている父親を持ち、皇族から婚約破棄された、敵国の元公爵令嬢に、温情を掛ける理由などあるわけない。
故に即答した上で、鋭い剣先に指を載せ、ゆっくり喉元から遠ざける。
「……殺されるためではないと? 絨毯にくるまって王太子の私室へ忍んでおきながら、命があると思っているのか?」
皮肉な笑みを浮かべる王太子はゾクッとするほど妖艶だ。眉目秀麗な男性がこんな表情をすると、凄みがあった。
呑まれそうになるが、何とか耐えて答えた。
「はい。私にはその価値があると思います」
自分自身を指し示すように、手をゆっくりと胸元に添える。
「……公爵令嬢が、地に堕ちたな。生き延びるため、その穢れを知らぬ体を差し出すつもりか?」
賢い王太子であるが、年齢はまだ二十歳になったばかり。手を胸元に添えることで勘違いされた。
思わず笑みを浮かべて答えることになる。
「婚約者のいる王太子殿下に色仕掛けなどするつもりはありません」
「戯言を。そのような裸も同然の姿で現れ、色仕掛けの意図がない、だと?」
アトラス王太子の、ブルートパーズのような瞳が、射抜くようにこちらを見て、問い掛ける。
ここは冷静に応じるのが肝要だ。
「このような姿であれば、武器は所持していないとお分かり頂けるのでは?」
王族と対峙する時、そこには武器を所持した人間が多数いることは想定内。ならばこちらは丸腰であると分かりやすくした方がいい。
だからこその、前世のベリーダンスのような衣装だった。これでは短剣も隠せない。
「アトラス王太子殿下、騙されてはなりません。確かにこのような出立ちであれば、武器は隠せないでしょう。見る限り金属とも言えるものは、ネックレスとブレスレットのみ。それは自身が元公爵令嬢と示すためにつけたものと分かります。ですがその肌に毒を塗り込んでいたり、口腔内に毒を隠している可能性もあるのです。我々近衛騎士が確認しましょう」
近衛騎士隊長は隙がなかった。だがこれも想定内。暗殺者と疑われたら、武器は短剣だけではなく、毒になることは想定の内だ。
「毒、か。確かに暗殺者が用いる方法だ。しかしこのアシュトン嬢は、ヴィレミナ絨毯に包まっていた。しかも数時間以上。これで肌に毒を塗っては、自身がその毒で先にくたばっているはず」
(やはりアトラス王太子は聡明だわ! 私が答えるより先に、言わんとすることを口にしてくれた!)
「それは……確かにおっしゃる通りです」
近衛騎士隊長が口ごもる。
(彼はどちらかと言うと脳筋派。王太子を狙う暗殺者が行動したら、もう無意識で瞬時に動ける。自身の命を張れるタイプだと思うわ。王太子の左隣にいる文官タイプに見える隊服を着た男性。彼こそが近衛騎士副隊長で、頭脳派で、近衛騎士隊長のブレーンね)
「それに口腔内とて同じこと。歯の中に毒物を埋め込む暗殺者もいるが、あれは容易なことではない。元々暗殺者として育てられたならまだしも、つい先日まで第二皇子の婚約者をしていたのだ。口の中に毒など仕込んでいないだろう」
「殿下の言うことは一理あります。とはいえ、万全を期すため、別室へ連行し保安確認を行いましょう。その上で、なぜヴィレミナ絨毯から登場することになったのか。尋問をしようと思います」
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