作戦遂行(1)
ヴィレミナ絨毯から飛び出た瞬間。あまりの眩しさに目が開けられなかった。でもここで焦る素ぶりは出来ない。
ゆったりと優雅に思われる仕草で、先ずはマーメイド座りをする。その間に目が開くことを願う。
幸い、この世界、前世のような蛍光灯の灯りではない。シャンデリアの明かりなど、蛍光灯に比べたら可愛らしいもの。
ゆっくり目を開けることが出来た。
だがまだハッキリではない。俯き加減のまま、目に見える足の数を確認し、息を呑む。
(目の前でこの人数。ということは背後にも同じ数がいるはずよ。囲まれて剣なり、槍を向けられたら……)
身震いしそうになるのをなんとか我慢した。気持ちを落ち着かせるため、一番上質な靴に目をやる。
きちんと手入れされた革靴は艶もあり、光沢を放ち実に美しい。男の本質は足元で見るというのは本当だと思う。
たとえ手入れを使用人に任せていたとしても。その手入れが心のこもったものかどうかは一目で分かる。
(間違いなくあの革靴を履いている男性は、使用人からも大切にされているわ)
そこで完全に開いた目で足元からゆっくり上へと視線を動かしていく。
(視線の動きが緩慢過ぎたかしら?)
そんなふうに感じたが、すぐにそうではないと気がつく。白の細身のスーツのズボンの脚は、ただただ長いのだ!
その上半身を包むフロックコートは見事に引き締まっており、無駄な贅肉はない。筋肉質かつスリムな体躯であると分かった。
そのまま視線を上げ、シャープなラインの顎が見え、形のいい唇、通った鼻筋が視界に入る。そして整った眉と、その下の見事なアーモンドアイと目が合う。
その瞳はアクア色で、まるで宝石のブルートパーズのようだった。
(驚いたわ。間違いなくこの美貌の青年がアトラス王太子殿下だと思う。でもこんな美青年だったなんて……)
敵対国であるセントリア王国の王族の情報は、デセダリア帝国には正しく入ってきていなかったようだ。
新聞では、国王は狡猾なキツネのようであり、王太子は残忍なオオカミ。その見た目は共に口が裂け、目は吊り上がり、獰猛とされていた。王妃や王女は派手な性格のメス豚扱いだった。
だがどう見ても王太子のその容姿は、帝国で伝えられたものではない。間違いなく、令嬢やマダム、そして町娘を熱狂させるものだと思う。
(つい見惚れてしまうが、そうではないわ!)
王太子と対面した場合は想定していたが、その容姿がここまでとは想定外。だがそこで動じてはならない。
まさに気を引き締めたところで、容姿端麗な王太子が、あの澄んだ声で私に尋ねた。
「貴様……暗殺者か?」
「いいえ、違います。私はデセダリア帝国、アシュトン公爵家の長女マリナ・サラ・アシュトン、十八歳でございます。セントリア王国の王族の方に拝謁願いたいと思い、参りました」
王族と対面出来ている。ここで嘘の身分を名乗る必要はない。正しい身分を伝えると、王太子を守る近衛騎士に取り囲まれ、槍を突き出された。やはり帝国はセントリア王国でも敵認定されている。
そこで刺すような視線を感知した。
視線の持ち主に目を向ける。私の正面にいる王太子の右隣で、剣のグリップに手を掛けるのは……左眼に眼帯をつけ、筋骨隆々な体躯を隊服に包む偉丈夫だ。間違いなく、近衛騎士隊長だろう。
鋭い眼光をこちらに向け、腹の底に響く低音でこう告げた。
「敵国の公爵家の令嬢が、この国の王太子であるアトラス・ロイ・セントリア殿下の私室へ、訪問の約束もなく現れるとは。暗殺目的でなければ何の意図がある?」
正直、槍で囲まれているこの状況より、近衛騎士隊長のビリビリと感じる殺気で怖気つきそうだった。
しかし、私の一挙手一投足に、家族の命が掛かっている。私を信じここまで着いて来てくれた侍女のレニーだっているのだ。
「デセダリア帝国のアシュトン公爵家……君は、第二皇子の婚約者だったあの公爵令嬢か!? アシュトン公爵は裏帳簿を使った脱税に加え、不法な人身売買により奴隷を斡旋した罪で、爵位剥奪になり終身刑になったのでは? 公爵夫人は修道院へ送られ、嫡男である騎士団の副団長は鉱山への強制労働送り。そして君は第二皇子から婚約破棄をされ……いずれかの貴族へ嫁ぐはずだったのでは!?」
近衛騎士隊長が声を発している間に、王太子は私の身の上を見事に思い出していた。王族だからこそ、知っていても当然かもしれない。だがそれだけではないと思う。
帝国の皇族に関する情報として覚えている範囲としては広過ぎる。日々、様々な事柄にあたり、多忙の身のはず。父親であるアシュトン公爵の爵位剥奪と終身刑までは把握していても、公爵夫人や嫡男の末路まで覚えているのは……彼が有能である証拠に思えた。
思ったことをそのままに、私はアトラス王太子に伝えることになる。
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