プロローグ
シルバーブロンドの長い髪は、シャンデリアの輝きを受け、透明な輝きを放っていた。瞳は夜の帳が下り始めた時のような紫紺色。小さな唇と頬は淡いローズピンクで、ミルクのような肌は潤いを感じさせ、張りがある。オリエンタルな胸当ての布と腰布、そして透け感のあるベールの下に見えているその体躯は……。
小顔で手足はほっそりしており、ウエストはくびれているが、その胸は強い存在感を主張している。繊細な技巧があしらわれた絨毯の上で、横座りしたその姿は、まるで芸術作品のよう。居室を飾る彫像のように、そこにいることが違和感なく思えてしまうが……。
セントリア王国の敵対国であるデセダリア帝国。この帝国の名産品の一つが、シルクを使って織られたヴィレミナ絨毯だ。
その絨毯は職人による気が遠くなるような手仕事から生まれる。緻密で複雑な模様と、手間と時間がかかる製法から、床に敷かれる日用品の域を超え、高級品として扱われていた。壁に飾られ、客人をもてなす装飾品になることもしばし。
今回、極上のヴィレミナ絨毯が手に入ったと聞き、私室の一つに運ばせた。しかしその絨毯を広げたら、裸にも等しい姿の女性が出て来るとは。
全くの想定外。
ただ、その女性の姿があまりにも美しく、控えている近衛騎士でさえ、動きが止まっている。
時に戦争の後、捕虜として捕らえた敵国の王侯貴族の令嬢が、着飾った姿で寝室へ連れて来られることがあった。かつてに比べ戦の数は減っているし、そう言った悪習は禁じられた。それにわたしはそういう戦利品をこれまで辞退している。よってこれは捕虜として、勝利者の慰み者として届けられた女性ではない。
「貴様……暗殺者か?」
私が尋ねると女性は悠然と微笑む。
「いいえ、違います。私はデセダリア帝国、アシュトン公爵家の長女マリナ・サラ・アシュトン、十八歳でございます。セントリア王国の王族の方に拝謁願いたいと思い、参りました」
その瞬間。近衛騎士が動き、女を取り囲み、槍を突き付ける。不穏な動きをすれば、瞬殺されるだろう。
「敵国の公爵家の令嬢が、この国の王太子であるアトラス・ロイ・セントリア殿下の私室へ、訪問の約束もなく現れるとは。暗殺目的でなければ何の意図がある?」
わたし付きの近衛騎士隊長であるローグ卿が冷たく言い放つ。
左眼に眼帯をつけたローグ卿は、ただそこにいるだけで迫力がある。鍛え上げられた体躯とその身長から、まさにヒグマのように見えた。
本当の身分を名乗っているのか。告げられた身分を鵜呑みにするつもりはない。だが今は裸にも近い姿をしているが、その肌艶の良さからも、平民とは思えなかった。それにネックレスとブレスレット。それはゴールドであり、精密な細工が施されている。相当値の張るものであり、下級貴族が手にできるものではない。そうなると本人の自己申告通りの身分。
(ならばローグ卿の一喝で肝を冷やしたのでは?)
チラリとアシュトンと名乗った令嬢を見るが、落ち着いている。ローグ卿の言葉に動じているようには思えない。そこでわたしはハッとして口を開くことになる。
「デセダリア帝国のアシュトン公爵家……君は、第二皇子の婚約者だったあの公爵令嬢か!? アシュトン公爵は裏帳簿を使った脱税に加え、不法な人身売買で奴隷を斡旋した罪で、爵位剥奪になり終身刑になったのでは? 公爵夫人は修道院へ送られ、嫡男である騎士団の副団長は罷免の上、鉱山への強制労働送り。そして君は第二皇子から婚約破棄をされ……いずれかの貴族へ嫁ぐはずだったのでは!?」
問い掛けるとアシュトン元公爵令嬢は、宝石のような輝きを帯びた紫紺色の瞳でわたしをじっと見て、穏やかな声音で話し出す。
「さすが聡明なアトラス王太子殿下ですね。我がアシュトン家の悲惨な末路について覚えていただいているとは。ええ、殿下の言う通りでございます。父親は鉄の監獄と言われるザ・アイアンに収監され、母親は帝都のはずれの修道院に送られました。兄は最北の地の鉱山に送られ、奴隷同然で強制労働です。そして私は第二皇子の婚約者だったことで、国王陛下から恩情をかけていただき、リオンヌ侯爵に嫁ぐように命じられましたが……」
そこで彼女の表情が屈辱で歪む。
「リオンヌ侯爵は……自身の小姓に手を出したのをきっかけに、性別問わず、幼児を手籠めにするような鬼畜です。よって三十を過ぎても独身でした。それでもデセダリア帝国では戦争の英雄として知られています。特殊な性癖も度重なる出征で心が病んだ結果なのかもしれません。ですがそんな相手であることを伏せられたまま、嫁ぐことになったのです。事前にその情報を察知し、何とか逃げ延び、ここに至ることになりました」
腰に帯びていた剣を抜き、スッとそのままアシュトン元公爵令嬢の首元に突き付ける。
「なるほど。そのような悪魔の花嫁になるぐらいなら、殺されたいと思い、ここへ参ったか?」
一瞬できた沈黙で、初夏を知らせる夏虫の鳴き声が際立つ。
「いいえ。殿下、私は殺されるためにここへ来たのではありません」
鋭い剣先に動揺することもなく、彼女はゆっくり刃に自身の細い指をのせると、力を込める。
自身の首元から剣先を遠ざけたのだ。
「……殺されるためではないと? 絨毯にくるまって王太子の私室へ忍んでおきながら、命があると思っているのか?」
「はい。私にはその価値があると思います」
彼女の手はゆっくり自身の胸元へと向かう。
「……公爵令嬢が、地に堕ちたな。生き延びるため、その穢れを知らぬ体を差し出すつもりか?」
私の問いにアシュトン元公爵令嬢はふわりと笑う。
まるで茶会の席で聞いたマダムの話が面白かったというように。
「婚約者のいる王太子殿下に、色仕掛けなどするつもりはありません」
「戯言を。そのような裸も同然の姿で現れ、色仕掛けの意図がない、だと?」
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完結まで執筆済です。
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