**第十章 熊本レイヤー―記録の囁き**
境界が揺らぐとき、記録が語り始める。
熊本レイヤーに踏み込んだ者は、自分の痕跡と向き合うことになる。
過去を記した層は、未来への鍵を握る。
ただし――それを読み解こうとする意志があれば、の話だ。
足元に広がる土は、かつての都市インフラの名残をわずかに留めていた。
だが、空気は鹿児島とは明らかに違う。
濃密な情報の粒子が、視覚に干渉するほど揺らめいている。
翔太は肩に乗せたセンサー端末を見ながら、ぽつりと呟いた。
……ここは、動いてるな。
熊本レイヤー――記録された記憶や感情が物質として蓄積されてゆく層。
情報と感情が融合し、時間と空間に干渉する都市。
二人が歩き出すと、周囲の建造物が微かに応じるように波打った。
ひとつの看板が、ノイズ混じりに浮かび上がる。
誠へ。もしこのメッセージが読まれているなら、私はもうここにはいない。
目を見開く誠。
この文体、この名前の呼び方……それは、彼のかつての仲間、加奈子の筆致だった。
加奈子は……ここに来たのか?
翔太は言葉を返せない。だが、視線の先には朽ちかけたターミナル群が広がっていた。
その中央に、一つだけ起動し続けている小型端末があった。
誠がそっと手をかざすと、端末が応答し、メッセージが再生された。
壁は動いている。
熊本は“選択”を記録する都市になった。
誰が、何を、どう決めたか――そのすべてが層に刻まれる。
記録される……この先の行動も含めて、か。
翔太が背後でつぶやいた。
彼らの選択が、都市を変える。
都市が、それを記録する。
誠は端末を握りしめた。
加奈子が何を選び、何を遺したのか――それを知ることが、自分の“次”を決める鍵になる。
先に進もう。熊本はただの通過点じゃない。ここに、何かある。
二人は再び歩き出す。
記録が囁き、層が呼吸する中で。
情報の層に刻まれた囁きは、記録か、それとも意志か。
加奈子の残した軌跡が、やがてらはえるうの足跡と交差してゆく。
熊本に記された“選択”は、すべてのレイヤーに波紋を起こすだろう。