79話
常盤謙信の自宅――高層タワーマンションの一室。
リビングの一角、ソファの上に体育座りをしている芽衣の膝には、スマホの画面が光っている。
画面の中では、さっきまでの全国大会の対局の大盤解説が行われていた。
柚子の勝利の瞬間――
相手の少女が頭を下げ、「負けました」と言った場面を、芽衣は何度も思い返していた。
(柚子……とうとう勝ったんだ……!)
芽衣の胸がじんわりと熱くなる。
同じ部室で共に強くなった仲間が大舞台で勝利を積んだ。
そのことが芽衣には何よりも嬉しかった。
「芽衣さん、紅茶でも淹れましょうか」
少し離れたダイニングの方から声がかかる。
振り向くと、常盤謙信がティーポットを片手に、綺麗な装飾が付いたカップを並べていた。
「……いただきます」
スマホを伏せて小さく微笑んだ。
謙信は静かにお湯を注ぎながら、横目で芽衣を見やった。
「何かいいことがありましたか?」
芽衣は頷きながらスマホをそっと持ち上げる。
「同級生の子が公式戦で初めて勝ったんです」
謙信は一瞬だけ目を細め、すぐに薄く笑った。
「それは素晴らしい」
カップから立ちのぼる湯気に鼻を近づけながら、謙信は続けた。
「君が東京に到着する前に、一回戦で小手指原があっさり敗退……という最悪の展開だけは、回避出来そうですね」
「……私は、仲間を信じてます」
芽衣は紅茶をそっと口に運ぶと、まぶたを閉じて深く息を吐いた。
――
場面は小手指原高校の控室へ戻る。
一戦目を終えた柚子が座るソファの横で、百合が静かに立ち上がった。
「……じゃあ、次はボクが行くよ」
桜が問いかけるように視線を向けると、百合はにやりと笑った。
「任せろ!」
柚子が「百合先輩、頑張って!」と笑顔で声をかけると、百合は親指を立てて答える。
「柚子のおかげで勢いはもらったからね!ここで一気に決めてくる」
桜は「頼んだわよ」と言い、牡丹も「存分に暴れていらして」と肩を叩く。
虎門と福辺は後ろで小さく頷いている。
百合は手を振ると、堂々とした足取りで控室のドアを開けた。
「行ってくる」
そう短く言うと、百合は静かに廊下を歩き出した。
――
同じころ、横浜海浜高校の控室。
控室の中央に集まったメンバーは、ほんの数分前に戻ってきた黄色い登山靴の生徒を囲んでいた。
「ごめん、負けたわ」
黄色い登山靴の生徒は申し訳なさそうに小さく肩をすくめたが、他のメンバーは誰も咎める様子はなかった。
「しゃーない」
赤い登山靴の生徒が肩を叩き、青い登山靴の生徒が続けた。
「次で勝てばいい」
横浜海浜高校のオーダーは、県大会の次鋒、中堅、大将の三人。
県大会で中堅だった黄色い登山靴の生徒が負けた今――
残るは、県大会の次鋒と、大将の二人だけ。
青い登山靴の生徒が、スマホを片手に情報を読み上げた。
「相手の一戦目の子は、県大会で先鋒だって。次は、さっきより確実に強いのが来る」
緑の登山靴の生徒が腕を組む。
「下手に温存して、もし小手指原の3ptの生徒が出てきたらptで負けが決まるな」
「だな……ここは――」
赤い登山靴の生徒が顔を上げた。
「私が行く。叩き潰す」
そう言って笑ったその表情は、負けた仲間の肩に手を置くと同時に、確かな決意を示していた。
青、緑、ピンクの靴の仲間たちが一斉に頷く。
「決まりだな」
自然と横浜海浜高校の控室に小さな円陣ができた。
全員が肩を寄せ、両手を真ん中に重ねる。
「ウィーアー!」
赤い登山靴の生徒が声を張り上げると、全員の声が重なった。
「ワンゲル!!」
空気を裂くような声が控室に響いた。
赤い登山靴の生徒は振り向き、ひときわ大きく息を吸い込むと、ドアに手をかけた。
「行ってくるわ!」
控室のドアが開き、次なる勝負へ向けて、静かに閉じられた。
――
それぞれの思いを胸に――
二戦目の勝負の幕が、いま開こうとしていた。




