77話
8月14日――ついに全国大会の開会式当日を迎えた。
東京の空は、まだ台風の影響で荒れ模様だ。
だがそんな空模様とは裏腹に、全国各地から集まった女子高生たちの熱気が、会場の大ホールに満ちていた。
ホールには、各都道府県の団体戦代表の女子高生たち、個人戦の代表として選ばれた棋士たちがずらりと整列している。
会場に集まった関係者や保護者、報道陣のフラッシュが、ところどころで小さな光を放った。
壇上に立った司会者がマイクを握ると、場内のざわめきが一気に静まる。
「それでは、これより第25回全国高等学校女子将棋大会、開会式を行います!」
響き渡るマイクの声に合わせて、全員が一斉に背筋を伸ばした。壇上の中央に立つのは、日本将棋連盟の会長を務める大御所のプロ棋士だった。
「みなさん、よくここまで勝ち上がってきました。本当におめでとうございます」
柔らかくも凛とした声が、会場の隅々まで届く。
「どうか全力を尽くし、悔いのない対局をしてください」
大きな拍手がホールを包んだ。
続いて、前回大会で優勝した選手が、選手宣誓のために一歩前に出る。
スポットライトに照らされた少女の声が、緊張で少しかすれながらも力強く響いた。
「私たち選手一同は、最後まで正々堂々と戦い抜くことを誓います!」
宣言と同時に、ホールのあちこちから大きな拍手が湧き起こった。
開会式の締めくくりは、全校の注目が集まる一大イベント――トーナメントの抽選だ。
司会者が合図すると、舞台上のスクリーンにはコンピューターによって、完全ランダムの組み合わせ表が映し出される。
各校の名前が、まるであみだくじのように高速で入れ替わり、観客席から小さな歓声やため息が漏れた。
(どこと当たる……?)
桜も息を止め、スクリーンに釘付けになる。
そして、白い文字がはっきりと浮かび上がった。
――埼玉県代表 小手指原高校 VS 神奈川県代表 横浜海浜高校
「……なるほど」
桜の喉の奥から、小さな声が漏れた。
(円蔵の大将が言ってた学校……!)
少し前の合宿で練習試合をした円蔵高校。あのとき、大将が教えてくれた、円蔵を神奈川県の決勝で破った学校――横浜海浜高校のワンダーフォーゲル部だ。
(偶然にしては出来すぎじゃないかしら)
胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、桜は小さく頷いた。
(いいわ……円蔵の仇を取ってあげる)
抽選がすべて終わり、代表校ごとに散会の声がかかると、各校は順次ホールの外へ移動していった。
小手指原高校の一行も、桜を先頭に人の波の中を進んでいく。ホールの外に出ると、空調の効いた大ホール内とは違い、湿った空気が肌にまとわりついた。
「円蔵を倒した相手……わくわくしてきた!」
柚子が言うと、横を歩く百合が目を細める。
「油断は禁物だよ。円蔵が負けたくらいだし」
「確かトリッキーなんでしょ?でも何とかなるって!」
柚子が無邪気に笑うと、牡丹が苦笑した。
「頼もしいですわね」
会場の廊下を進んでいると、向こう側から小柄な少女がこちらに向かってくるのが見えた。
「あれ……あの人は……」
百合が小声でつぶやく。
近づいてくるのは、浦和女学院の埼玉県個人戦代表――御影ひなただった。
「こんにちは、小手指原の皆さん」
御影は立ち止まり、にこりと微笑んだ。
「団体戦は今日が一回戦よね。頑張って」
「ありがとう、ひなた。」
桜が軽く頭を下げる。
牡丹も百合も柚子も、揃って小さく会釈をした。
ひなたは「じゃあ」と手を振ると、そのまま廊下を進んでいった。
――
控室に入ると、中央のテーブルの上にはトーナメント表が置かれていた。
メンバーは椅子を引いて腰を下ろすと、自然と相談が始まる。
「どういう順番にするの?」
百合の問いに、桜は腕を組んで少し考え込む。
「一戦目は……柚子で行こう」
柚子が目を丸くしてから、すぐに大きく頷く。
「うん!最初に勝って勢いをつけてくる!」
「二戦目は百合、三戦目は私が締める。それでいこう。」
「異論はないですわ」
牡丹が静かに頷くと、百合も短く「分かった」とだけ言った。
虎門と福辺は何も言わずに、その光景を見守っていた。
そして――
一戦目の開始時刻の5分前になった。
「じゃ、行ってくる!」
柚子が椅子から立ち上がり、勢いよく控室のドアを開けた。
背後で桜の声が優しく届く。
「頼んだわよ、柚子!」
振り返った柚子がにっと笑い、元気に手を振った。
勢いよく控室のドアが閉まると、残されたメンバーの間にも、静かに緊張感が漂い始めるのだった。




