表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/80

66話

7月29日、合宿2日目の夜。

神奈川県三浦半島にある牡丹の別荘。


二日目のディナーには、鮑のグリル、刺身盛り、洋風にアレンジされた煮魚などが並んでいる。


そして食後には、全国大会に向けた対戦校の研究会が始まった。

テーブルにはノートパソコンや資料が広げられ、普段のおしゃべりとは打って変わって、全員が真剣な面持ちをしている。


「さて、それでは始めますわよ」


中心に立ったのは牡丹だった。

普段は上品で優雅なお嬢様といった雰囲気の彼女だが、今夜はアナリストのような鋭い知性をまとっている。

受験勉強で忙しい桜の代わりに、全国大会出場校のデータを収集・整理していたため、この研究会の取り仕切りを担っていた。


「まずは初戦で当たる可能性が高い高校から説明していきますわ。基本的には初出場や実績があまりなくシードに入らなかった学校を中心に紹介します」


パワーポイントにまとめられたスライドが、プロジェクターで映し出される。


「こちらは北海道代表、霧島北高校。去年は道大会でベスト8止まりでしたが、今年は中学県大会優勝者が新入生として加わっているとの情報があります」


「えっ、なんでそんなことまで知ってるんですか……?」

芽依が目を丸くして尋ねる。


「知り合いに少しお願いして、メンバーの素性を調べてもらったのですわ。まあ、情報戦も将棋のうち、ということで」


牡丹の言葉に、百合が「さすが……」と感嘆の声を漏らし、柚子は「ねーねー、じゃあさ、岩手代表の学校ってどんな感じ?」と興味津々に身を乗り出した。


会話を交えながら、スライドは淡々と進んでいく。

地方大会を勝ち抜いてきた無名校の特徴や選手の棋風を中心に、各校の強みと弱みが簡潔にまとめられていた。


やがてスライドの色が変わった瞬間、牡丹の声色がほんのわずかに鋭くなる。


「さて……ここからは、優勝候補とされる学校を見ていきますわ」


画面に映し出されたのは、昨年度の全国優勝によってシードを獲得した、世田谷女子高校のロゴだった。


「昨年度の全国優勝校です。部員の層も厚く、特にエースの新園奏音にいぞの・かのんさん。永世名人を祖父にもつ天才少女で、中学時代には桜さんと全国大会で対局して勝っています」


一瞬、場の空気が揺れた。

桜は特に表情を変えなかったが、芽依はそっと彼女を横目で見つめた。


「……その学校にいるのね」


桜が静かに呟く。牡丹は軽く頷いて、説明を続けた。


「対抗馬としては、昨年度準優勝の京都代表、南舞鶴高校。私立の将棋強豪校で、監督は元奨励会三段です。専門の指導体制が整っており、部全体の棋力が底上げされていると評判ですわ」


「元奨励会……そりゃ強いわけだ」

百合が頷く。


「でもさ、うちの副顧問も元奨励会三段だよね?」

柚子が口を挟むと、牡丹はふふっと微笑む。


「はい。ですから、私たちも環境では負けておりませんのよ」


さらに、一昨年の優勝校や昨年ベスト4に進出した高校なども紹介され、スライドは一通り終わりを迎えた。


「……と、ざっとですが、以上になりますわ。何か確認しておきたいことはありますか?」


牡丹の問いかけに、しばし沈黙が流れる。

誰もが情報の多さに圧倒されながらも、懸命に咀嚼しようとしていた。


「大丈夫……かな。うん、ありがとう牡丹。すごく助かった」

百合が礼を言い、それに続いて柚子と芽依も声を揃える。


「では、今日はこのへんで。お風呂にしましょうか。虎門先生は、さきほど温泉から出てきたところですし」


こうして、桜・牡丹・芽依・百合・柚子・福辺の6人は、別荘内にある天然温泉へと向かうことになった。


浴場にはほのかに硫黄の香りが漂っており、湯けむりの中に静かな時間が流れている。


「ふわぁああ~、これ、最高……」

湯船に体を沈めた柚子が、心からの声を漏らす。


「……生き返るって、こういう時に使う言葉よね」

百合がぼそっと呟き、それに福辺が優しく笑った。


「ウチ、明日からダイエットしようかなって思ってたけど……これ入ってるとどうでもよくなっちゃうなぁ~」


ぽつぽつと、他愛のない会話が続き、今日一日の緊張も、湯の中へすっと溶けていくようだった。


やがて夜も更け、部屋に戻った芽依は、自分に割り振られた個室でスマホを取り出す。

画面には、祖父・伊波繁蔵からの着信が表示されていた。


「……あ、もしもし、おじいちゃん?」


『おお、芽依か! ガハハッ! 元気そうで何よりだ!』


電話口から響いてきたのは、底抜けに明るい祖父の声。


「なに? こんな時間に」


『ああ、それがな、元々対局する予定じゃなかったんだが、三崎に住んでる知り合いがな、明日お前の合宿先に行くことになってな。対局してやってくれ』


「……えっ、ちょっと待ってよ。元々の合宿の予定もあるし、勝手にそんな……」


『対局結果を楽しみにしとるぞ! じゃあな!』


一方的に話を終えた祖父に、「ちょっ……!」と声を上げるが、すでに通話は切れていた。


ため息をついて、芽依は天井を仰ぐ。


「……部長と牡丹先輩に、明日の朝伝えよう……今はもう夜遅いし」


そう呟いて、布団に潜り込む。

外では、かすかに波の音が聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ