65話
太陽が傾きはじめた頃──。
小手指原高校と円蔵高校の練習対局は一通り終わり、両校のメンバーは冷たい麦茶をすすりながら、和やかに談笑している。
「いやぁ、まいったよ……」
円蔵高校の大将・篠崎那月は、額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐいながら呟いた。
「芽衣さん、あなた……ほんとに1年生なの?」
「はい、一応……」と芽衣は控えめに微笑む。
「いやいや、“一応”ってレベルじゃないって。うちの副将も私も完封されたし……読みの深さも対応力も、正直、ウチの部の誰より上だった。全国に出るのも納得だよ」
そう言って、那月は照れくさそうに頭をかいた。
「ありがとうございます……でも、まだまだ課題は多くて……」
芽衣がそう答えると、百合が隣で彼女の肩を軽くぽんと叩いた。
「それをちゃんと自覚してるところが、強さの理由なのかもね」
広間に集まった全員が、それぞれに今日の対局を振り返りながら、感想やアドバイスを交わしていた。
対局成績は以下の通りだった。
•柚子:3勝2敗(副将・大将に敗北)
•百合:3勝2敗(副将・大将に敗北)
•牡丹:4勝1敗(大将に敗北)
•芽衣:5勝0敗
•桜:5勝0敗
円蔵高校の面々も実力者揃いだったが、小手指原高校の強さはやはり一枚上だったと、誰もが実感していた。
一段落したところで、話題は自然と神奈川県大会のことに移っていった。
「そういえばさ」と、那月がふと口を開いた。
「ウチ、県大会では準優勝だったんだけどさ。優勝した横浜海浜高校……あそこ、ちょっと変わってるんだよね」
「変わってる?」と柚子が眉をひそめる。
「うん。あの学校、将棋部が出てたわけじゃないんだ。大会に出場してたのは──ワンダーフォーゲル部だったんだよ」
「えっ?」と、全員が一斉に声を上げた。
「ちょっと待って、ワンダー……何部?」と柚子が混乱した様子で訊ねると、隣にいた牡丹が落ち着いた声で答えた。
「“ワンダーフォーゲル部”というのは、いわゆる登山部のことですわ。自然の中を歩いたり、山を登ったりする部活動ですの」
「えぇぇ……!? 登山部が将棋の大会に出るの!? そんなのアリなんだ……」と柚子は目をぱちくりさせている。
芽衣も、不思議そうに首を傾げた。
「でも、将棋部じゃなくても出られるものなんですか……?」
すると、それまで静かに話を聞いていた桜が口を開いた。
「出られるのよ。団体戦の場合、“各校1チームのみ”っていう規定があるけど、それさえ守れば、将棋部である必要はないの。極端な話、5人とも別々の部活に所属していても、同じ学校の生徒なら1チームとして出場できるわ」
「へぇ〜……なるほど……」と柚子は納得したように頷き、芽衣も「説明ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をした。
「でね、その横浜海浜高校のワンダーフォーゲル部が、めちゃくちゃクセモノ揃いでさ……」
那月は苦笑しながら続けた。
「とにかくトリッキーな戦法ばっかりで、定跡がほとんど通用しないんだ。“なんでそこで歩を突く?”とか“そのタイミングで飛車交換?”みたいな謎の一手で翻弄されるんだよね」
「まるで、山の天気みたいですわね……」と牡丹がつぶやくと、一同が思わず笑った。
「そうそう。登山部らしく、思考が柔軟というか、予測不能なんだよ。でも、不思議と攻めが噛み合ってくるから怖い。ウチも最後まで粘ったんだけど、あと一歩及ばなかったんだ」
「全国では、私たちと対局するかもしれないのよね」と桜が言うと、那月の表情が明るくなる。
「そうそう! だからさ、小手指原高校が全国で当たることがあったら、代わりにリベンジ頼むよ!」
「任せてください!」と柚子が勢いよく応じる。
「私たち、やるだけやってみます」と芽衣も笑顔で答えた。
そのとき、壁の時計が午後5時を回っているのに気づいた牡丹が立ち上がる。
「そろそろ、お見送りの時間ですわね。もう夕方ですもの。使用人に駅まで送らせますわ」
「お世話になりました!」と、円蔵高校のメンバーが揃って頭を下げた。
その隣で、海科がさらりと提案する。
「私の車、6人乗れるから、私が駅まで送るわよ」
その言葉に、円蔵高校の面々は再び「えっ!?」と驚きの声を上げた。
「えっ、海科ちゃん……って、車の免許持ってるんですか!? 小学生じゃないんですか!?」
「……失礼すぎるでしょ」と百合が笑いながらツッコむ。
「実は大学生です」と海科がにっこり笑うと、円蔵のメンバーは一斉に恐縮して「ちゃん付けして、すみませんでした!」と頭を下げた。
芽衣には、円蔵高校のメンバーの誰かが小さい声で「合法ロリ!?」と言っているのがボソッと聞こえた。
そんなやりとりの後、海科の運転する車に円蔵高校の5人が乗り込んでいく。
「全国大会、応援してますね! ホントに今日はありがとうございました!」
「うん。ありがとう」
そう言って、彼らは車窓越しに手を振った。
「私も、全国大会の日は観戦に行くつもり。……会場でまた会えるといいわね」
と、海科が静かに告げる。
エンジン音が響き、青い車がゆっくりと牡丹の別荘を後にする。
その背中を、小手指原高校のメンバーたちは並んで手を振りながら見送っていた。




