64話
7月29日。神奈川県・三浦半島──牡丹の別荘。
合宿二日目の午前中、芽衣と月宮海科、柚子と浜陽太、それぞれの対局が終わり、室内には一段落した空気が流れていた。
そんな中、陽太はすでに荷物の片づけを始めていた。
「さてっと。じゃあ、そろそろ行くわ。夕方からバイト入ってるんだよね〜」
「もう帰るんですか?」と柚子が驚いた声を上げる。
「うん。今日は顔出せただけでもラッキーだったけど、来れてよかった。全国、頑張ってな!」
そう言って陽太は、虎門先生のほうへも軽く会釈を送った。
「先生も、今度メシ行きましょーねー」
「……ああ。気が向いたらな」
「それ、絶対行かないやつじゃないですかー!」
飄々とした陽太の言葉と、投げやりなようでどこか嬉しそうな虎門の返事に、桜・牡丹・百合の3人は思わず顔を見合わせた。
「相変わらずですわね、あの方……」と牡丹が苦笑する。
「風のように来て、風のように去ってくのよね」と桜が肩をすくめる。
百合もうんうんと頷いた。
「ま、先輩らしいっちゃ先輩らしいけどね」
陽太は最後に全員に手を振ると、庭に停めてあったバイクにまたがり、重厚な排気音を響かせながら別荘を後にした。
残された芽衣、柚子、福辺先生は、まるで台風が通過した後のような、ぽかんとした顔でその背中を見送っていた。
「……あの人が去年の部長だったんですね……」と福辺先生がぽつりと呟く。
「ちょっと変わってるよね……」と柚子。
「でも、憎めないタイプかも」と芽衣が微笑んだ。
* * *
一方の海科はというと、今回、自分で車を運転して別荘に来ていたこともあり、もうしばらく滞在できるらしい。
「せっかくだし、ランチでも一緒にどうですか?」と牡丹が声をかけると、海科は少し驚いたように顔を上げ、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「……ぜひ、ご一緒させて」
こうして、いつもとは少し違ったメンバーでの昼食会が始まった。
* * *
昼食後、まどろみそうな午後の空気の中──別荘のインターホンが鳴った。
「……ん? また誰か来たの?」と柚子。
玄関に出た桜が応対し、広間へと案内したのは──
「お邪魔します! 円蔵高校将棋部です!」
揃って礼をする、制服姿の5人の高校生たちだった。
彼らは、神奈川県茅ヶ崎市にある円蔵高校の将棋部。
今年の県大会で準優勝した強豪校であり、その実力は折り紙付き。
今回は桜が事前に招待していた。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。今日はありがとうございます」
桜が笑顔で迎えると、芽衣、柚子、牡丹、百合、そして福辺先生も、にこやかに頭を下げた。
「冷たい麦茶、どうぞ」と牡丹が使用人に持ってこさせ、さりげない気遣いを見せると、円蔵高校のメンバーは恐縮しつつも、ありがたくそれを受け取った。
円蔵高校の将棋部は、全員が高校二年生。そして、全員が小学生時代からの幼馴染という絆の深さを持つチームでもある。
その息の合ったチームワークが、彼女たちの強さを支えているのだろう。
今回の訪問は「部活動の交流」を名目としていたが──もちろん、それだけではない。
小手指原高校側としては、県大会準優勝校との対局を通じて、全国大会に向けた実戦力を養いたいという狙いがあった。
特に、彼らが戦った神奈川県大会優勝校について、データではなく“対戦した者の肌感”としての印象を聞き出せれば……という思惑もある。
一方で、円蔵高校もまた来年、三年生として最後の大会に臨むために、全国出場を決めた小手指原高校との練習対局から何かしらのヒントを得ようとしていた。
──互いの思惑がぴたりと噛み合い、この日の訪問が実現したのである。
麦茶で喉を潤しながらしばし歓談すると、広間には自然と将棋盤が並べられ、静かに緊張感が立ちのぼる。
「じゃあ、最初はこの組み合わせで行こうか」と桜が提案した。
【第一回 練習対局:組み合わせ】
•柚子 vs 円蔵高校・先鋒
•百合 vs 円蔵高校・次鋒
•牡丹 vs 円蔵高校・中堅
•芽衣 vs 円蔵高校・副将
•桜 vs 円蔵高校・大将
「このあとも、入れ替えながら何局かやっていく予定よ」と桜が続けると、円蔵高校のメンバーたちも力強く頷く。
「全員、分かりました。手合わせ、よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
部屋には対局に向けた熱気が満ちている。




