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60話

7月28日、土曜日。

夏の陽射しはすでに真上から降り注ぎ、遠くからセミの声が響いていた。


伊波芽衣は、自宅の玄関先でキャリーバッグと手提げバッグを足元に置き、まっすぐ前を見据えて立っていた。

Tシャツに薄手のカーディガン、ひざ下までのスカートというシンプルな装い。控えめで清楚な服選びには、芽衣らしさがにじんでいる。


その隣では、芽衣の母親がそっと並んで立っていた。

どこか嬉しそうに目を細めながら、娘を優しく見守っている。


「……あら、来たわよ」


母が指さした先に、ゆっくりと近づいてくる2台の車があった。

ひときわ目を引く漆黒のリムジンと、その後ろにぴたりとついてくるワンボックスカー。


やがて車が家の前に停まり、リムジンのドアが静かに開いた。

最初に降りてきたのは、上品な日傘を手にした結城牡丹。その後ろには、彼女の執事であるイケメンの男性がぴたりと寄り添っている。


「お迎えにあがりました、伊波さん」


「芽衣さん、忘れ物はありませんか?」

牡丹もにこやかに声をかけてくる。


芽衣が軽くうなずくと、母親が一歩前に出て、ふたりに深々と頭を下げた。


「いつも芽衣がお世話になっております。今回の合宿でも、このように送迎までしていただいて……本当にありがとうございます」


「とんでもございません、お母様。こちらこそ、芽衣さんとご一緒できることを楽しみにしておりました」

牡丹も丁寧に礼を返す。


その後、リムジンの後部座席から虎門潤也が現れた。白シャツにノーネクタイというラフな格好だが、いつものだらしなさは影をひそめ、福辺舞もその後に続いて芽衣の母親に会釈をする。


虎門は穏やかで礼儀正しい口調で、芽衣の母と会話を交わしていた。

その様子は、まるできちんとした大人のようだった。


(なんか……先生、別人みたい)


芽衣は内心で驚いていた。


その間に執事が芽衣のキャリーバッグを手に取り、後ろの車へと運び始める。


「じゃあ、行ってくるね、お母さん」


芽衣がそう言って小さく手を振ると、母は笑顔でそれに応えた。


リムジンのドアを開けると、中はひんやりと冷房が効いており、すでに将棋部の3人――十六夜桜、百合、柚子がくつろいでいた。


「芽衣、こっちこっちー!」


「全員集合って感じね」


それぞれが自由な姿勢で寛いでおり、車内にはまるで自宅のような空気が流れていた。


しばらくして虎門先生と福辺先生も乗り込み、ドアが静かに閉まる。

芽衣は窓越しに母の姿を見つけ、もう一度手を振った。母も笑顔で応え、リムジンは静かに動き出す。


車内では早くも柚子がスナック菓子の袋を開け、百合は冷房の設定温度にこだわりを見せ、桜はスマホで合宿の行程を確認していた。

芽衣はその様子を眺めながら、「始まったんだ」と実感する。


高速道路に乗り、リムジンはスムーズに南下を続ける。


途中、サービスエリアで休憩を取ることに。


「うわっ、アイスの種類めっちゃある! 芽衣、どれにする?」


「えっと……じゃあ、抹茶で」


「おっ、良いね〜」


全員がアイスやドリンクを手に、ベンチで夏の光とわずかな風を感じながらひと息つく。


その後も快適なドライブは続き、午後3時を少し過ぎた頃、車は海沿いの道を抜け、緑豊かな山あいに差し掛かった。

大きな鉄製の門が現れ、自動でゆっくりと開いていく。

舗装された私道を進むと、その先にはまるで洋館のような豪奢な建物が現れた。


「うわ……これが、別荘……?」


「いや、これもうお城でしょ……」


リムジンが玄関前で停まり、芽衣たちは順番に車を降りていく。


迎えに出てきたのは、品のあるスーツ姿の老執事と、クラシックなメイド服を着た老婦人。


「ようこそ、お嬢様方。お待ちしておりました」


「皆様のご到着を心よりお喜び申し上げます」


お辞儀の深さと声の響きが、まるで貴族を迎えるかのような雰囲気を醸し出していた。


別荘の中からはさらに数人の使用人が現れ、ワンボックスカーに積まれた荷物を手際よく運んでいく。


「ここ、本当に別荘……?」


芽衣がぽつりとつぶやくと、


「ここは、私の家が保有している別荘の中でも一番小さいものですのよ」

と牡丹がさらりと言ってのける。


その後、老執事と老メイドに案内され、館内を見学することに。


開放感あふれるプール、木目の美しい食堂、天然温泉の大浴場、そして和洋折衷の広々としたホール。

将棋盤と駒がすでに設置された一角では、「練習スペースはこちらをご利用ください」と執事が丁寧に説明を添える。


最後に案内されたのは、各自の個室だった。


全員ひとり一部屋で、冷房完備、机とベッド、そして窓からは海が見えるという至れり尽くせりの環境だった。


「夕食まで自由時間よ。長旅、お疲れ様」


桜の声に一同がうなずき、それぞれの部屋へと入っていく。


芽衣は扉を閉めると、ベッドに腰を下ろした。

そこでようやく、長旅の疲れがふっと抜けた気がした。

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