54話
家庭の事情により執筆時間の確保が難しいため、8月より3日毎の更新となります。
ご容赦ください。
期末テストの最終日。午前中で全科目が終わり、午後の授業はなし。
部室に顔を出すと、どこか緩んだ空気が漂っていた。
「……今日は、部室でお昼食べましょうか」
桜がそう口にしたのをきっかけに、将棋部の部室は即席のランチスペースへと早変わりした。
窓際には桜と牡丹。真ん中のテーブルを囲むように、芽衣、百合、柚子、そして福辺先生が腰を下ろしている。
虎門先生は、部屋の隅にある小さな机に弁当を広げていた。
「こういう時間、久しぶりだなぁ〜」
柚子はわくわくした様子で言いながら、弁当箱をぱかりと開けた。
中には唐揚げ、卵焼き、ミニトマト、ブロッコリーの塩ゆで。まさに「ザ・お弁当」といった内容だった。
「みんなのお弁当も見たい!」
そう言いながら、柚子はひょいと立ち上がり、ほかのみんなのお弁当を覗きに行く。
「部長は〜……えっ、めっちゃ茶色!」
桜の弁当箱の中は、焼肉、ウインナー、卵焼き、唐揚げと、茶色のオンパレード。
ご飯の上には焼き海苔が敷かれていた。
「焼き肉弁当よ。弟と一緒のだから、いちいち別のもん作ってらんないの。結果的にこうなるわけ」
「弟さんは茶色いの、好きなんですね……」
「男子高校生はね、茶色い食べ物が好きなのよ」
次に牡丹のところへ行くと、弁当箱のサイズは小ぶりなのに、気品が漂っている。
「わあっ、高級そうな玉子焼き……!」
「ふふ。冷めても美味しく食べられるよう、職人さんにお願いしてあるの」
「職人さん!?」
「母がずっとお願いしている料亭の方が、定期的に用意してくださっているものですわ。素材も産地も、すべて選び抜かれたものなの」
柚子が目を丸くしていると、百合が照れたように、自分の弁当をそっと開けた。
「えっと……キャラ弁……」
そこには、可愛らしいキャラクターが、海苔やウインナーで高い再現度をもって表現されていた。
「わっ! かわいいー! めっちゃ凝ってるじゃん!」
「お母さんが勝手に作るんだよ…。最近、キャラ弁に凝ってるみたいなんだ…」
「愛を感じますね!」
「感じなくていいよ……」
そして、柚子の視線は、芽衣の前に置かれたのり弁へと向かう。
「芽衣ちゃんのは……シンプルだね!」
「うん。今日はお父さんが当番だったの。のり弁、唐揚げ弁当、生姜焼き弁当の三択なんだよ。今日は、のり弁の日」
「当番制なんだ!?」
「そうなの。お母さんが仕事で早い日とかは、お父さんが作ってくれるの」
柚子はニコニコしながらうなずいたあと、ふと何かを思い出したようにくるりと振り返った。
「ところで……先生は?」
「え、オレ?」と反応したのは、部屋の隅でタッパーを開けていた虎門先生だった。
「なにそれ、タッパー!? お弁当箱じゃないんだ〜!」
「タッパーの方が便利なんだよ。週末に5日分くらい作って、冷凍しておくんだ。で、朝、解凍して持ってくる。これが独身男の知恵ってやつよ」
「え〜、ずるいなぁ。なにそれ?」
虎門先生のタッパーの中身は、なんとミートドリア風のお弁当。
表面はチーズが焦げており、トマトの香りがほんのり漂ってくる。
「先生、それ作ったんですか?」
福辺先生が驚いて身を乗り出した。
「そりゃそうだよ。誰が作るってんだよ」
「うわー……女子力高すぎる……」
「独り身が長いと、自然とこうなるんだよ。いちいち誰かのためにじゃなくて、自分が美味しいものを食べるためにやるって感じな」
「先生、女子力というか、生活力が高いです……!」
柚子はぐいっと前に出て、スプーンを構える。
「ちょっとだけちょうだい! ひとくちでいいから!」
「は? いや、減るし……」
「お願い! ウチの卵焼きあげるから!」
「卵焼きなんて要らねえよ……しょうがねえな。ひと口だけな」
柚子は一口もらって、ぱくりと頬張る。
「……っっっっっま!!」
「だろ?」
「すごい……なんか、レストランみたい! これ、売れるやつだよ! ねぇ、先生、今度冷凍して分けてほしい!」
「えー、ちょっと私も食べたいかも……」
桜がそう呟くと、牡丹や福辺先生も「私も……」と続く。
「ちょっと待て、これ以上減ったら昼足りねぇって!」
虎門先生はお弁当を抱えるようにして、必死に守る。
「大人げなーい!」
そんなやりとりに、部室中が笑いに包まれる。
温かな日差しが差し込む部室で、将棋部のメンバーたちは、それぞれの弁当を囲みながら、束の間の平穏を楽しんでいた。
テストの疲れも、夏の暑さも、今日はちょっとだけ忘れられた。




