53話
放課後の将棋部部室。
開け放たれた窓から、初夏の風がふわりと吹き込む。
部室には、桜、牡丹、芽衣、百合、柚子、そして福辺先生の姿があった。
柚子は扇風機の前を陣取り、「あっつ〜……」とぼやきながら、制服のスカートをぱたぱたと扇いでいる。
その隣では、芽衣が団扇で扇ぎつつ、静かに盤面を見つめていた。
「全員、揃ったわね」
桜がそう言って、将棋盤の脇にある空きスペースに手を置いた。
ピンと背筋を伸ばし、場の空気を引き締める。
「ちょっと話があるの。大事な話よ」
「何!?」
柚子が身を乗り出す。
百合は読んでいた将棋の専門誌を閉じ、目を細めて桜の方に視線を向ける。
「7月下旬から夏休みに入るでしょ? それで、全国大会が8月14日から始まるんだけど……その前に、合宿をしたいと思ってるの」
「合宿……!」
芽衣の目がぱっと輝いた。
「いいじゃん!」
百合も口元を緩める。
「合宿って、泊まりがけでどこか行くの?」
柚子が興味津々に尋ねる。
「そのために、まずはみんなのスケジュールを確認しておきたいの。ざっくりでいいから、大会前にまとまって空いてる日を教えてちょうだい」
全員がスマホを取り出し、それぞれの予定を確認し合う。
しばしのざわめきのあと、自然と7月28日から8月1日までの5日間が候補に挙がった。
「みんな、その日程で大丈夫?」
「はい、私は問題ないです」
芽衣が即答する。
「わたくしも問題ありませんわ」
「百合は?」と桜が尋ねると、百合はあっさりと「うん、バイトも入れてないよ」と答えた。
「じゃあ、合宿は7月28日から8月1日まで。4泊5日で決まりね」
「合宿先は、私の別荘ですわ。神奈川の三浦半島にあるんだけれど、静かで快適よ」
牡丹がさらりと続ける。
「えっ、別荘って……あの、別荘!?」
柚子が目を丸くする。
「そうよ。事前に牡丹には合宿先の相談をしてたの。最初は海外の別荘を提案されたけど、パスポートを持ってない人がいるかもしれないし、移動時間もかかるから、近場にしてもらったのよ」
「いやいや海外って! 普通の公立高校の部活で海外合宿って、スケール違いすぎでしょ!」
柚子が思わずツッコミを入れると、全員がくすくすと笑った。
「ちなみに、参加メンバーは私、牡丹、芽衣、百合、柚子、そして先生が二人。虎門先生と福辺先生よ」
その言葉に、福辺先生が小さく眉を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、まだ“行きます”って言ってないんですけど……」
福辺先生がすかさず反応する。
「先生!行かないの!?」
柚子が、すかさず確認する。
「……まあ、行きますけどね」
福辺先生は肩をすくめつつ、どこか楽しげに言った。
「虎門先生は……行くって言ったんですか?」
芽衣が桜に尋ねる。
桜は、当然と言わんばかりの顔で答える。
「ええ。すでに牡丹が買収済みよ」
「買収って! 言い方〜!」
柚子が苦笑まじりにツッコミを入れる。
「抜け目ないね、牡丹」
百合が感心したように言う。
「ふふ。まあ、先生には今回もご満足いただけるものを用意いたしましたわ」
牡丹は涼しげに微笑む。
「それと……別荘にはプールもありますわ。リフレッシュとして入ることもあるでしょうし、水着の用意もお忘れなく」
その言葉に、柚子が思わず声を上げた。
「えっ、プール!? やったー! っていうか、水着ってどんなのがいいんだろう……!」
「合宿の前に水着選びに行くのも楽しそう」
芽衣がぽつりとつぶやく。
そんな明るい話題に包まれて、部室は柔らかな熱気と笑い声に満ちていった。
* * *
その夜、芽衣の自宅。
夕食の時間、家族が揃った食卓で、芽衣は箸を置いて口を開いた。
「お父さん、お母さん。将棋部で夏休みに合宿することになったの。7月28日から5日間、神奈川県の三浦半島なんだけど……行っていい?」
両親は顔を見合わせ、穏やかにうなずいた。
「ちゃんと先生も引率してくれるんだよね?」
「うん、虎門先生と福辺先生が来てくれるって」
「それなら安心ね。事故やケガだけは気をつけるのよ」
母親が優しく言った。
「ありがとう!」
その後、芽衣は自室に戻り、スマホを手に取る。
登録されている祖父の名前をタップし、電話をかけた。
「もしもし、おじいちゃん? 7月28日から8月1日まで、将棋部で神奈川に合宿に行くことになったの。だから、修行の日程を調整してくれる?」
電話口の祖父はしばらく黙ったあと、低く笑った。
「ガハハハッ! 青春だな! わかった、こっちで調整しておく。決まったら、また連絡するぞ」
「ありがとう」
電話を切ったあと、芽衣はベッドに寝転がった。
天井を見つめながら、ゆっくりと目を閉じる。
「楽しみ……」
そう呟くと、芽衣はそのまま、まどろむように眠りへと落ちていった。




