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51話

重厚な鉄製の門が、静かに開かれる。

舗装された石畳のアプローチを、一台の黒い車がゆっくりと進んでいった。広大な庭を囲むように植えられた西洋風の木々の間を抜け、やがて洋館風の屋敷の玄関前で止まる。


車から降りてきたのは、長身で痩せた老人だった。

白髪交じりの髪をきっちりと撫でつけ、目元には歳月を重ねた者だけが持つ深い皺が刻まれている。

だが、その瞳はどこまでも澄んでおり、静かに何かを見通すような力を宿していた。


「いらっしゃいませ。不動哲先生ですね。お待ちしておりました」


玄関で出迎えたのは、結城牡丹だった。

品の良いワンピースに身を包み、背筋をすっと伸ばして深々と頭を下げるその姿は、まるで格式ある迎賓館の女主人のようだった。


「どうも……まるで、貴族の家にでも来た気分だな」


不動は薄く微笑みながら、玄関の敷居をまたぐ。メイドが控えており、彼の上着と手荷物を丁寧に受け取った。


牡丹は不動を将棋専用の部屋へと案内した。

その中心には、重厚な将棋盤と、二組の座布団が鎮座していた。


「本日はお忙しいところ、ありがとうございます。改めてご紹介させていただきます。私、結城牡丹と申します」


「不動哲だ。まあ……今はただの年寄りさ。気軽に呼んでくれていい」


そう言いながらも、不動の所作には一分の隙もなかった。まるで、すべてを将棋盤の上に置いてきた男の余韻が、身体からにじみ出ているようだった。


「今日は、全国大会に向けての指導対局をお願いしたく、祖父の伝手で先生にご連絡させていただきました」


「うむ。話は聞いている。……7月中は、週に2度ほどこちらに伺う予定だ。私にできることがあれば、何でも教えよう」


「ありがとうございます。不動先生のお時間を頂けて、光栄です」


二人は一礼を交わすと、静かに盤を挟んで座る。メイドが茶と菓子を運び、そっと部屋を出ていった。


そして、対局が始まった。


* * *


数時間後。


対局が一段落したところで、不動がふぅと息をつく。


「やれやれ、最近は弟子の指導からも引退していてね。久々に若い力とぶつかって、血が騒いだよ」


「恐縮です」


メイドがタイミングを見計らい、今度は紅茶とモンブランを盆に載せて運んできた。


窓の外には、夏の午後の日差しが柔らかく差し込んでいる。二人はティーカップを手に取り、少し肩の力を抜いた雑談を始めた。


「全国大会……貴女が今、所属しているのは高校の将棋部だったね」


「はい。今年の春から、本格的に活動を始めました。部員は私を含めて5人。まだまだ未熟ですが、皆それぞれ個性があって、楽しい部です」


そう言って牡丹は、自分のスマホを取り出し、フォルダから一枚の画像を選び出した。


「こちらが、その部員たちです。県大会の決勝で優勝した時の記念写真です」


スマホを差し出され、不動は目を細めて覗き込む。


画面に映っていたのは、県大会の表彰式で撮影された一枚だった。

5人の生徒たちと、顧問の教師たち、そして芽依の祖父とその友人。

9人全員が、笑顔を浮かべて写っている。


「ほう……なるほど、これがそのメンバーか。なかなか粒がそろっているな」


不動はさらりと口にしたが、画面の右端に写る一人の老人に目が止まる。

豪快に笑っているその人物を、不動は見逃さなかった。


――伊波繁蔵。


ほんの一瞬だったが、不動の眉がぴくりと動いた。


牡丹はその変化を見逃さなかった。


「……先生? あの、もしかして……福辺舞先生のことをご存じだったりしますか?」


「ん? ああ、彼女のことは知っているよ。奨励会にいた頃、何度か見かけたことがあるからね」


「そうなんですね」


「驚いたのはそれじゃないんだが……いや、何でもない。年寄りの独り言だよ」


そう言って不動は、話題をすり替えるように紅茶を口に運んだ。


牡丹は少し気になったが、それ以上は詮索せず、話題を変えた。


* * *


夕暮れが迫る頃、不動を乗せた黒塗りのリムジンが、洋館を後にする。


助手席の運転手が静かにハンドルを切ると、車は滑るように舗装路を進み、再び鉄の門をくぐって外の世界へと出た。


車内は静まり返っていた。だが、不動の頭の中には、先ほど見せられた一枚の写真が何度も繰り返し再生されていた。


「伊波芽依……まさか、あの男の孫娘か。……伊波繁蔵を、こんなところで見ることになるとはな」


声には出さず、胸の内でそう呟く。


懐かしさとも驚きともつかぬ感情が、不動の目の奥に、かすかに揺れていた。


リムジンはそのまま、夜の帳へと吸い込まれていった。


静かなる訪問者は、何も語らぬまま、闇の中へと消えていった。

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