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5話

「ところで、先輩たちは大会に出たこと、あるんですか?」


ふとした間に、柚子が口にした。

お菓子の袋を抱えたまま、でもその目は真剣だった。


「うーん、去年と一昨年は出てないのよね。人数が足りなくて」


そう答えたのは牡丹先輩だった。

ティーカップを指先で回しながら、ため息まじりに過去を振り返る。


「えっ、そうなんですか? 三人とも強そうなのに……!」


「強さだけじゃどうにもならないんだよ」

百合先輩が肩をすくめてみせた。

「ボクと牡丹先輩、それに部長の三人じゃ団体戦には出られないしね。最低五人必要なんだ。だからずっと指をくわえて見てるだけだったんだよ」


「そっか……」

柚子は少ししょんぼりとした表情で、お菓子をひとつ口に入れた。けれど、その瞳は何かを考えているようだった。


「でも、個人戦もありますよね?」


「うん。でもね、私たち、みんなで話し合って決めたの」

牡丹先輩の声は優しかった。

「どうせなら、個人じゃなくて、チームとして大会に出たいって。ひとりじゃなくて、みんなで勝ちに行きたいって」


「そうなんですね……」

柚子は素直に頷き、少しうらやましそうに笑った。


「でも、部長は……もしかして?」


そう言って目を向けられた部長は、珍しくちょっと照れたように笑った。


「中学のとき、一回だけ個人戦で全国大会に出たことあるよ」


「ええっ!? すごいじゃないですか!」


「……でもね、一回戦でボロ負けだったけどね」

部長は冗談めかして笑いながら、紅茶を一口すする。


「相手はね、中学3年生の天才ちゃんだったのよ。“元名人の孫”って呼ばれてた女の子。

あのときの負け方、今でも夢に出るくらい、キレイにやられたんだから」


「それは……逆に燃えるやつですね」

私が思わずぽつりと言うと、部長は目を細めて微笑んだ。


「そうなのよ。だから、次こそは——って、ずっと思ってきた。

次は、ちゃんとチームで、勝ちたいの。みんなと一緒にね」


その言葉に、部室の空気がふっと変わった気がした。


「それでね」

百合先輩が手元の資料を取り出しながら話を続けた。


「さっきの大会の話を踏まえて、そろそろ予選のオーダーを考えない?」


「先鋒・中堅・大将の三人、ってやつですよね」


「そう。まずはこの三枠を誰がやるかを決めないと。団体戦の基本はこの三人。

決勝トーナメントじゃないから、まずは予選から。負けたら終わり」


私はちらりと柚子の方を見る。すると彼女は、ためらいなく手を挙げた。


「私、予選は出なくていいです! まだ実力も足りないし……そのかわり、決勝トーナメントで、先鋒やらせてもらえたら嬉しいな、って!」


勢いよく話す柚子に、私たちは思わず笑ってしまった。

あまりにまっすぐで、あまりに前向きで、思わずつられてしまう。


「わかったわ」

部長がにっこりと頷く。


「じゃあ、残りの四人から三人を選ぶってことになりますね」


私は口を開きかけて、でもすぐにためらった。

正直、出たい気持ちはある。でも、それ以上に心に引っかかっているものがあった。


「先輩たちは、ずっと大会に出たかったんですし……私も辞退します」

そう言った瞬間、部室の空気が一瞬止まったような気がした。


「ちょっと」

すぐに口を挟んだのは百合先輩だった。


「勝つための団体戦なんだよ? 遠慮とか要らないの。強い人が出ればいいんだよ」


「そうそう。わたくしたち、気遣ってもらうほど繊細じゃなくてよ」

牡丹先輩も笑ってそう続ける。


「部長は実績もあるし、経験もあるし、大将で決まりでしょ?」

百合先輩が確認するように部長を見る。


「そうね、異論はないわ」

部長も、静かに頷いた。


「となると、先鋒と中堅の二枠を、芽依・牡丹先輩・百合先輩の三人で争うってことか」


私は無意識に膝の上で手を握りしめていた。

この場所に来てまだ日が浅い。そんな私が、責任ある場に立っていいのか。

でも、思い出す。初めてこの部室で指した将棋のこと。

息をのむような静けさと、駒を指す音。

勝ちたい、挑みたい、その気持ちはたしかに、私の中にある。


「……わかりました。やります。出たいです。勝ちたい」


気づけば、言葉が口をついていた。


「いい返事だね、受けて立つよ」

百合先輩がにやりと笑い、牡丹先輩は静かに頷いた。


部室の空気が、また一段と引き締まった。


ここからが、本当の勝負の始まりなのかもしれない。

それぞれの想いを背負って、私たちは、夏の舞台を目指して歩き出す。

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