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48話

7月初旬。

放課後の将棋部の部室に、ドアを勢いよく開けて飛び込んできたのは、いつも冷静沈着な十六夜桜だった。


「やばい、これはまずい……!」


「……どうしたんですの、部長?」


珍しく牡丹が顔をしかめる。机に並べられていた定跡本のページが、桜の勢いに煽られてふわりと舞った。


「団体戦。全国大会のルールが去年から変わってたの。県大会のときとは全然違う……!」


「えっ、ルール変更?」


芽依が不安そうに眉を寄せる。柚子も飲みかけの麦茶を置いて、身を乗り出した。


「どんなふうに変わったの!?」


桜は深く息を吸い、ポケットから折り畳まれたプリントを取り出した。そこには全国高等学校将棋選手権大会の要項がびっしりと記されていた。


「今年から、全国大会の団体戦はエンタメ性を重視した形式になってるの。スポンサーが大手配信サイトに変わって、全対局が中継されるようになったのよ。だから、視聴者が楽しめるようなルールに変わったんだって」


「エンタメ性……将棋って、そんな要素ありましたっけ?」


芽依がぽかんと呟く。柚子も「バラエティ番組みたいだね」と苦笑い。


「まあ……今はプロ棋士のアクリルスタンドが出る時代だから」


百合が小さく肩をすくめた。


「とにかく、まずは大会スケジュールから」


桜はプリントを机に広げ、指で日程を示した。


「大会は8月14日から26日までの12日間。個人戦と団体戦が交互に行われる構成で、1日目が開会式と団体戦1回戦、2日目が個人戦1回戦って感じ。個人戦の日は私たちは休息日になるわ。2日おきに団体戦があるってことね」


「お盆真っ只中に将棋三昧……!」


柚子がうめいた。


「……でも、合宿みたいでちょっと楽しそう」


芽依が控えめに笑うと、桜はさらに真剣な表情で続けた。


「まず前提として、団体戦の全国大会には48校が出場するの。各都道府県の代表47校と、昨年度の優勝校1校」


「その中で、32校は1回戦から、16校はシードとして2回戦から出場することになるわ」


「シード校ずるいじゃん!」


「まあ、前年の実績をもとにシード校が決まるから仕方ないわ。うちみたいな新参校は1回戦から出場だから、そこは気にする必要はないわね」


「でも、私が“まずい”って言ったのはそこじゃないの。問題は団体戦の形式。一回戦から準々決勝までは、県大会とはまるで違う特殊な形式なの」


「特殊な形式……って?」


「メンバー選択制っていって、団体戦の5人の中から試合ごとに3人を選出するルールなの。しかも、同じメンバーを2試合連続で出場させた場合、その次の2試合には出場できなくなるのよ」


「え、なにそれ?」


柚子が眉をひそめた。


「ちょっと分かりにくいかもしれないけど、たとえば——」


桜はプリントを指でなぞりながら説明を始めた。


「1回戦で、メンバー1・メンバー2・メンバー3を選出。2回戦で、メンバー1・メンバー4・メンバー5を出すと、メンバー1は2試合連続での出場になるでしょ? だから、その次の3回戦と準々決勝では“メンバー1”は使えなくなるってこと」


「わあ、そんな縛りが……!」


芽依が思わず声を上げた。


「たとえば私が1回戦と2回戦に続けて出場すると、3回戦と準々決勝は私抜きで戦うことになる。戦力と選出のバランスが問われるルールなのよ」


百合が興味深そうに頷いた。


「試合ごとに選出できるメンバーが限られていくのは、まるでカードゲームみたいですわね」


「でも、対局ごとにポイントを奪い合う点は、県大会の決勝トーナメントと同じ」


「県大会と同じく、役職順にポイントが割り振られて、選ばれた3人の合計は必ず6点になるの。先鋒が1点、中堅が2点、大将が3点ね」


「ってことは……」


柚子が考え込みながら口にする。


「仮に、百合先輩、芽依、部長が出場したら、それぞれ先鋒、中堅、大将になるってことか!」


「そう。そして、県大会と同じく、勝ったほうが相手のポイントを“総取り”する仕組みなの。たとえば、百合(先鋒・1点)と相手の中堅(2点)が対局して、百合が勝てば3点獲得になる」


「しかも、このポイント制の関係で、3人の選出は1局目の前に事前申告が必要。ただし、選んだ3人の中での順番の変更は、各対局の直前までは自由にできるわ」


桜が難しそうな顔で話す。


「メンバーから3人を選出して対局するなんて、なんだか……ポケットクリーチャーってゲームのランクマッチみたいなルールだね」


百合がぽつりと口にした。


「で、6pt対6ptになったら、県大会と同じく延長戦ですか?」


芽依が尋ねる。


「そう。ただし、そこも県大会とは少し違ってて、その場で、選ばれなかった残りの2人の中から1人を出して対局することになってるの」


「えっ、その延長戦には“出場制限”の縛りは関係ないんですか?」


「関係ない。延長戦だけは、誰でも出場可能よ」


「なるほど……」


芽依はようやく全体像が見えてきたようで、ゆっくり頷いた。


「県大会よりずっと駆け引きがある。実力だけじゃなく、戦略も問われる大会になってるのよ」


桜がため息まじりに言うと、百合が静かに呟いた。


「……厄介ですが、面白くもありますわね。このルール」


「うん。見てる人にはスリリングだし」


柚子が明るく返す。


「ちなみに、準決勝と決勝は、県大会の決勝トーナメントと同じルールになるみたい」


「それと、持ち時間も変わる。県大会では30分切れ負けだったけど、全国大会では全試合、持ち時間30分で、その後は1手10秒になる」


「だから、みんなには今まで以上に棋力の底上げが必要。全員が、どのタイミングでも戦える準備をしておかないとね」


「分かりました!」


柚子が元気よく返事をする。


夏の気配を孕んだ風が、カーテンをふわりと揺らした。


——全国の舞台は、ただ強いだけでは勝ち抜けない。


頭脳も、体力も、運も、そして仲間との連携も。

すべてが試される――


将棋部の熱い夏が、すぐそこまで迫っていた。

話のテンポを考えてルールを変更しました。

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