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47話

6月の訪れとともに、小手指原高校にも季節の一大イベント——体育祭がやってきた。


校庭では連日、クラスごとの練習が行われ、1年8組の生徒たちも活気にあふれていた。


お昼休みになると、「バトン渡し練習しよう!」「ハードルのタイミングがさぁ!」と、あちこちから賑やかな声が飛び交う。


教室に戻れば、汗を拭きながら笑い合う生徒たち。

そこには、いつもとは少し違う、青春の匂いが漂っていた。


芽衣も、その一人だった。

彼女が出場するのは障害物競走。

特別速いわけではないが、遅くもないという“標準的”な理由で選ばれた。


一方、同じクラスの柚子はと言えば——誰もが納得のうえで、リレーのアンカーに抜擢されていた。

その快足ぶりはクラス中に知れ渡っており、体育の授業では男子すら追い抜くほどで、驚きの声が上がることも多かった。


そんな中、教室の後ろでは男子たちがヒソヒソと相談をしている。


「なあ、うちのクラスが学年優勝したらさ、福辺先生からご褒美もらえないかな?」


「それな! 手作りクッキーとか、どうよ?」


その勢いのまま、男子数名が副担任の福辺先生のもとへ直談判に向かった。


「ふぇ……? えっと、それは……あの……」


困ったように目を泳がせる福辺先生。

笑顔は浮かべているものの、その裏には明らかな動揺が見て取れる。

というのも——彼女は料理がまるでできないのだ。

とはいえ、「無理です」と断ることもできず…。


「しょ、しょうがないですねぇ~。でもぉ、条件は厳しくしますよ~? 学年優勝じゃなくて、全校優勝だったら……ね?」


「えぇーっ!? それ無理ゲーじゃん!」


男子たちは叫ぶが、それでも期待に満ちた眼差しは崩れなかった。


そのやり取りを横で見ていた柚子が、そっと先生のもとへ歩み寄り、口元に手を添えて耳打ちする。


「万が一のときは、ウチが代わりに作ります。先生が作ったことにして渡せば大丈夫ですから」


福辺先生は、助かったとばかりに安堵の表情を浮かべた。


***


放課後の将棋部の部室には、珍しく顧問の虎門先生が姿を見せていた。


「部活対抗リレー、出場メンバーを3人決めておけ。優勝すれば、部費が増えるらしいぞ」


その言葉に、十六夜桜が英単語帳をパタンと閉じて立ち上がる。


「全国大会に向けて遠征費とか必要ですし。ありがたいですね」


選ばれたのは、百合、桜、柚子の3人。


だが、リレーは4人制。

この学校の伝統で、アンカーは“顧問か副顧問”が走る決まりになっていた。


「オレが走るのはゴメンだぞ」


即座にそう宣言した虎門先生の一言で、アンカーは自動的に福辺先生に決定した。


***


そして迎えた体育祭当日。


芽衣はジャージ姿で、障害物競走のスタートラインに立つ。

ピストルの音とともに走り出し、ネットをくぐり、縄跳びを跳び、小麦粉の中から口だけで飴玉を探して咥える。

顔を真っ白にしながらも、なんとか3位でゴール。ゴール後には思わず天を仰いだ。


続くクラス対抗リレー。

1年8組のトラックには、アンカーの柚子が立つ。


「任せて! 絶対勝つ!」


その言葉通り、柚子は3人を抜き去り、歓声の中、堂々とゴールテープを切った。


そして、部活対抗リレー。


百合、桜、柚子とバトンをつなぎ、将棋部は非運動部ながらも他の運動部を引き離し、トップを独走。

だが——。


「ふ、福辺先生ーっ!?」


バトンを受け取った福辺先生が、長距離走のようなゆったりとしたフォームでトラックを駆ける。

“走る”というより“揺れている”と言った方が近いだろうか。

大きな胸が上下に揺れ、髪もふわふわと舞っていた。


観客席の男子たちは、その姿に釘付けとなり、息を呑む。


その背後から迫るのは、女子バスケ部の顧問。

年配の男性教師が必死に追いすがり、ついに並走した——その瞬間。


ちらりと福辺先生の胸元を見たおじさん先生の足がもつれて、盛大に転倒。


「うおおおおっ!?」


会場がどよめく中、福辺先生はそのままゴールラインを駆け抜け、将棋部は見事に1位を獲得した。


体育祭の最後、クラスの総合得点が発表される。

1年8組は惜しくも全校優勝は逃したものの、1年生の中ではトップの成績を収め、“学年優勝”を果たした。


***


——数日後。朝のショートホームルーム。


教室のドアが静かに開き、虎門先生が入ってくる。


「お前ら、頑張ったからな。ご褒美だ」


差し出されたのは、小さなアルミホイルのカップに入った、クラス全員分の手作りガトーショコラ。

その完成度の高さに、生徒たちがどよめく。


「先生が作ったんですか!?」


「……毒は入ってませんよね?」


ざわつく教室の中、虎門先生は鼻を鳴らす。


「ふん、信用ねえな。学生の頃、お菓子作りにハマってたんだよ」


甘くほろ苦いガトーショコラの香りが、教室中にふわりと広がる。


「初めて、虎門先生のことを尊敬したかもしれません」


食べながらポツリと漏らした福辺先生の毒舌混じりのひと言に、教室中が笑いに包まれた。

ガトーショコラの話は、高校時代の独身中年男性担任の本当のエピソードです。


ちゃんと上に粉砂糖とかも振りかけてあって、普通に美味かったです。

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