42話
とある平日の夜。
西条百合は、自室のPCの前に静かに座っていた。
シンプルながら清潔感のあるその部屋の壁には、人気アニメのポスターが一枚、さりげなく飾られている。
机の横の棚には、並べられた漫画やライトノベル、そしていくつかのフィギュアたち。
(ふぅ……今日の宿題もようやく終わったし……ログインしよ)
百合は愛用のゲーミングマウスを握り、PCの画面に微笑みを向ける。
彼女が起動したのは、人気オンラインRPG『ラストストーリー』だ。
広大なファンタジー世界を舞台に、仲間と協力しながら冒険を楽しめるゲームだ。
この世界で百合は、“ユーリ”という名のアバターでプレイしている。
(よし、今日もギルチャ、賑わってるな)
画面の右上には、ギルドチャットが次々と流れていた。親しいメンバーたちの文字が軽快に飛び交う。
【ユーリ】:こんばんは〜
【ランガ】:こん
【ミルキー】:ばわ〜!今日もログイン早いね!
ユーリ――つまり百合は、慣れた手つきでキーボードを叩き、仲間たちとの何気ない会話に加わっていく。
このギルドは、居心地が良くて自然な姿でいられる、そんな大切な居場所だった。
そんな中、ふと話題が変わる。
【フレア】:そういえば、ユーリって将棋やってるんだよね?この前、県大会優勝したって聞いたけど!
【ミルキー】:え、すご〜い!将棋って、あの駒がいっぱいあるやつでしょ!?
【ユーリ】:うん、ありがとう。高校の将棋部に入ってて……でも、全国大会は正直ちょっと不安で
百合の心には、今、漠然とした焦りがあった。
自分はこのままじゃ通用しないかもしれない。そんな気持ちが、胸の奥に小さく渦巻いていた。
【ユーリ】:だから、もっと強くなりたくて……もしよかったら、なんかアドバイスとかもらえないかな?(>人<;)
すると、意外な人物が静かに名乗りを上げた。
【ランガ】:……じゃあ、俺と一局やってみるか?
【ユーリ】:えっ、将棋できるの?
【ランガ】:まあな。得意ってほどじゃないけど、指すくらいはできる。ゲーム内の将棋モード、使えばできるだろ?
『ラストストーリー』には、将棋、チェス、麻雀、リバーシなどを遊べるミニゲーム機能が搭載されていた。
もちろん、対戦も可能だ。
【ユーリ】:うん、お願い!
【ミルキー】:おお〜!がんばれユーリ〜!
【フレア】:みんなで観戦しよ〜(≧∀≦) ユーリファイト!
【ランガ】:おいおい、俺の応援は誰もいないのかよww
そして二人は『将棋モード』に切り替え、対局ルームへ。
自動の振り駒の結果、ランガが先手、百合が後手となった。
対局開始。
ランガは飛車先の歩を突いてきた。居飛車の基本形。
百合は△3四歩で応じ、そこから自らの得意戦法――向かい飛車へと組んでいく。
(好きなアニメのキャラが使ってたって理由で使い始めたけど、今ではすっかり馴染んだな)
落ち着いて囲いを整え、百合はタイミングを見計らって先に攻めを仕掛けた。
だが――。
(……うまい)
ランガは、百合の攻めを絶妙な捌きで受け流す。
角の効きと桂馬の使い方が鋭く、百合の陣に的確なカウンターを打ち込んでくる。
押される百合。じりじりと防戦一方になり、ついに――。
百合は投了ボタンをクリックし、画面に【あなたの負けです】の文字が表示される。
【ユーリ】:負けました……完敗
【ランガ】:ありがと。いい勝負だったよ
【ユーリ】:うぅ……普通に悔しい……
【ランガ】:……実は俺、チェスのグランドマスターなんだ。将棋は趣味だけど、似てるからな
【ミルキー】:えええ!?マジの天才じゃん!!
【ユーリ】:えっ、チェスの……!?それ、もっと早く言ってよ……
ログを見つめながら、百合は一人、項垂れる。
しかし、そんな彼女の中に、一つのひらめきが灯った。
(もしかして……この人に、教われば?)
【ユーリ】:ねえ、ランガ。お願いがあるんだけど
【ランガ】:ん?
【ユーリ】:ボクに、将棋を教えてくれない?暇なときでいいから……
【ランガ】:……ん〜、でも俺、将棋の先生じゃないし……チェスとは違うところも多いしなぁ……
【フレア】:いいじゃん、教えてあげなよ!
【ミルキー】:ユーリがこんなに頼むなんて、珍しいんだから!ね?ね?
ギルチャ全体がランガを後押しする空気に変わる。
【ランガ】:……わかったよ。ただし、俺が教えるのは将棋っていうより、チェスや頭脳ゲーム全般の考え方。それでもいいか?
【ユーリ】:うん、それで十分!ありがとう……本当にありがとう!
百合の胸に、小さな火が灯った。
現実ではなかなか見せられない一面を、こうして素直にさらけ出せる場所――それが、ここにはあった。
そしてこの夜、百合は新たな一歩を踏み出した。
ゲームの中での偶然の出会いが、彼女にとって大きな転機となる。




