39話
「せっかくだから、土門先生もご一緒にどうぞ。まだたくさん料理がございますし」
牡丹が静かに促すと、土門六段は少し戸惑いながらも「では、お言葉に甘えて」と席についた。
再び賑やかさを取り戻した食卓では、あちこちで話が弾み、メイドたちが次々と料理や飲み物をサーブしていく。
そんな中、柚子が椅子をずずっと寄せ、福辺舞に真剣な顔で向き直った。
「先生、ウチ……全国大会で勝ちたいんです!だから……弟子にしてください!」
場の空気が一瞬、しんと静まる。
「えっ?」
福辺はフォークを持ったまま固まり、その向かい側では土門が思わず噴き出した。
「やめといたほうがいいぞ、君。福辺はな、将棋のことになると、ちょっと――人格変わるからな」
「人格……?」
柚子が首をかしげる。
その瞬間、福辺がピキピキと血管が浮き出しそうな笑顔を貼り付けたまま、土門の方を向いた。――その笑顔は氷のように冷たい。
「……それ、どういう意味かしら? 土門くん?」
土門は、かつて何度もその笑顔を見てきていた。
慣れた様子で姿勢を正し、無言で首を横に振る。
「いや……なんでもない。ほんと」
「うん、なんでもないならいいの」
福辺はあくまで穏やかに微笑んだが、背後に冷たい風が吹いたような錯覚すらあった。
だが、柚子はお構いなしだった。
「いいんです!ウチ、それでも教えてもらいたいんです!強くなりたいんです!全国で勝つために、何でもしますから!」
「何でも……?」
福辺が少しだけ意地悪そうに目を細める。
「何でもです!」
柚子は目をきらきらと輝かせて言い切った。
「……ふぅ。じゃあ、ちゃんと覚悟してね? 私、甘やかしはしないわよ?」
「はいっ!」
そのやりとりを見ていた百合が、ワイングラスを置いて言った。
「じゃあ、ボクも便乗していいかな。時間があるときだけでいいので、指導お願いできませんか?」
「私もお願いしたいですわ」
牡丹がすぐに続く。
桜も頷く。
「せっかくだし、先生の指導を受けてみたいわ」
芽衣も、少し恥ずかしそうに口を開いた。
「わ、私も……せっかくなら、教えてもらいたいです」
福辺は目を丸くしてから、小さく笑った。
「じゃあ……部室にいるとき限定、ということで。私は、厳しいわよ?」
「それでいいです!」
部員たちは一斉に声をそろえた。
そのとき、隣でワインを傾けていた虎門が、思いついたように言う。
「じゃあ、俺と顧問を交換するか?」
「虎門先生……新任教師は、顧問になれない制度なんですよ?」
福辺はあっさりと現実を突きつけた。
「……知ってたけど、言ってみただけだよ……」
虎門はしょんぼりと肩を落とす。
「まったく……」
福辺が苦笑したその時、土門に向かって虎門が笑顔で手を広げた。
「土門六段! 食べてますか? 遠慮せず、ガンガンいってくださいよ」
「なんで虎門先生が、あたかも自分が用意したように言うの!? それ牡丹先輩が用意したやつじゃん!」
柚子がすかさずツッコむ。
「細かいことは気にしない!こういうのは気持ちが大事なの!」
虎門は満面の笑みで開き直った。
「そういや、全国大会っていつなんだっけ?」
ふと、虎門が思い出したように言った。
「8月の中旬ですよ。今から……ちょうど2ヶ月後くらいです」
桜が答えた瞬間、虎門の顔がニヤリとした。
そして、静かに牡丹の方へ目線を送る。
察した牡丹は、わずかに目を細めて頷いた。
「追加の報酬の件でしたら……もちろん、承知しておりますわ」
「いい子だねぇ、本当に」
虎門はニヤニヤが止まらない。
「先生、顔がイヤらしいです」
福辺がぽつりと呟く。
「毒舌復活してるじゃないか……」
土門が笑いながら呟いた。
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その後も、パーティは続いた。
シェフの料理、パティシエのデザート、そして食後の紅茶。
祝宴は、穏やかな時間とともに流れていく。
そして帰り際――
「はい、これ、お土産ですわ。みなさんのお口に合うといいのですが」
牡丹が一人ひとりに、丁寧にラッピングされた箱を手渡していく。
中には高級紅茶と、手作りの焼き菓子が詰められていた。
「うわぁ……こんなにもらっていいの?」
柚子が目を丸くする。
「もちろんですわ。お菓子作りは、私の趣味でもありますから」
「さすが牡丹ね…」
桜が感嘆の声を漏らす。
そして全員が牡丹の用意したリムジンに乗り込み、それぞれの帰路へとついた。
――こうして、華やかであたたかい一日が、静かに幕を下ろした。




