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36話

決勝トーナメント、決勝戦――五戦目。

ここまでの激闘を経て、勝負は最終局へともつれ込んだ。


対局室には、今まさに対峙しようとする二人の姿がある。


小手指原高校、中堅・結城牡丹。

浦和女学院、先鋒・柘榴香澄。


二人は深く一礼を交わした。


「お願いします」


「お願いいたします」


澄んだ声が静かな対局室に響く。


振り駒の結果、先手は浦和女学院・柘榴香澄、後手は小手指原高校・結城牡丹に決まった。

柘榴が初手を指す。わずかに震えるその手つき。

その緊張は、対面する牡丹にもはっきりと伝わってきた。


(お相手の方……緊張していますわね)


牡丹は冷静に状況を見極める。

目の前の相手は、高校生活最初の公式戦という重圧と、控室での監督の威圧感を背負いながら、必死に駒を進めようとしていた。


柘榴が居飛車を選択するのを見て、牡丹は迷いなく右四間飛車を採用する。


狙いはただ一つ――相手の動揺を突き、対局の主導権を握ることだった。


---


場面は解説室へと移る。


モニター越しに対局を見守るのは、甲斐田節人七段と土門龍弥六段だ。


「誰がこの展開を予想できたでしょうか」

甲斐田が静かに口を開く。


「まさか、4連覇中の浦和女学院が五戦目までもつれ込むとは……」


隣の土門が頷きながら言う。


「いやあ、小手指原高校がダークホースになりましたね」


甲斐田も微笑を浮かべながら続けた。


「さて、五戦目は右四間飛車対居飛車の戦型となりました。浦和女学院の先鋒は高校一年生、今日が高校公式戦のデビュー戦だそうです」


土門が少し驚いたように眉を上げる。


「昨日まではコールド勝ちでしたから、今日がデビュー戦なんですね。それにしても、デビュー戦で決勝の五戦目……プレッシャーがすごいでしょうね」


甲斐田は頷き、一息置いてから続ける。


「ちなみに中学時代は大会のスタメンにも入れなかったそうですが、高校入学後、急成長した選手とのことです」


土門も情報を補足する。


「一方、小手指原高校の中堅・結城牡丹さんは、幼いころからの習い事のひとつとして将棋をたしなんでいたそうです。週に一度、自宅にプロ棋士を招いて指導対局を受けていたとのこと。将棋だけでなく、さまざまなコンクールにも出場していたようで、こういった緊張する場面にも慣れているのではないでしょうか」


甲斐田は目を細め、静かに言葉を結んだ。


「経験の差が、どう影響するか――注目ですね」


---


場面は浦和女学院の控室へ。


そこには異様な緊張感が漂っていた。


壁際に立たされ、叱責を受けているのは、先ほど敗れた中堅・珪線燈と次鋒・黒曜四季。

監督の鋭い叱責が、控室に響く。


「どうしてあんな負け方をするんだ! 小手指原のような無名校に……!」


珪線も黒曜も、何度も謝罪の言葉を繰り返す。

だが、どんなに謝っても監督の怒りは収まらない。


(もう、何を言っても無駄だ……)


二人は次第に、声を発するのをやめた。


その様子を周囲の部員たちはただ沈黙し、恐怖に固まったまま見つめるしかなかった。

控室には、息苦しいほどの重圧が支配していた。


---


再び、対局室。


結城牡丹は、静かに盤面を見つめながら、目の前の相手を観察していた。


(何かに怯えていらっしゃる?)


柘榴の指し手は、明らかに迷っていた。

本来なら強く押さえるべき局面でも、手を引き、安全策に逃げる。


(これなら――押し切れますわ)


牡丹は直感で勝機を掴んだ。


右四間飛車の豪快な仕掛け。

歩を突き、銀を繰り出し、飛車先を一気に押し上げる。


「……!」


柘榴はそれに応じようとするが、対応が遅れる。

たった一手の遅れが、命取りだった。


牡丹の銀が敵陣に飛び込み、飛車と連携して次々と敵陣を荒らしていく。


(速い……!)


柘榴は、自分の玉がなすすべもなく追い詰められていくのを感じた。


ようやく自らの失敗に気づいた時には、すでに盤面は取り返しのつかない状況に陥っていた。


しばらくして、柘榴は駒台に手を伸ばし、静かに、そして力なく告げた。


「……負けました」


「ありがとうございました」


牡丹は深く一礼する。


---


スタッフの声が、淡々と響く。


「小手指原高校、中堅・結城牡丹の勝利。小手指原高校18pt、浦和女学院12pt」


静まり返った対局室。


(……勝ちましたわ)


その事実が、胸にじわりと広がっていく。

だが、まだ浮かれるわけにはいかなかった。

勝者としての礼節を、最後まで尽くすために。


牡丹は静かに席を立ち、もう一度礼をする。

対局室の扉へと向かう足取りは、落ち着いていた。


扉を開けた瞬間――控室から拍手の音が聞こえてきた。

その温かさを、彼女は確かに感じ取った。


(みんなが待っていますわね)


小手指原高校、県大会優勝。

その栄光を手に、結城牡丹は控室へと歩みを進めた。

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