34話
決勝トーナメント、決勝戦。三戦目。
静まり返った対局室に、また新たな二人が向かい合っていた。
「お願いします」
「よろしくお願いします」
静かな、しかし凛とした声。
小手指原高校の大将・十六夜桜と、浦和女学院の中堅・珪線燈。
両者は深々と一礼し、盤を挟んで座っている。
振り駒の結果、先手は桜。後手は珪線。
初手を指す桜の手には、微塵の迷いもない。
すぐさま、相手の珪線も応じる。
互いに居飛車。
駒組みが進むうちに、盤上は相居飛車の様相となった。
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解説室にて、モニター越しに盤面を見つめながら、甲斐田節人七段がゆったりと口を開く。
「さて、三戦目は相居飛車の一局になりましたね」
隣に座る土門龍弥六段が頷く。
「そうですね。 居飛車同士らしい、力勝負の展開になりそうです」
モニターには、着々と駒が並ぶ様子が映し出される。
「浦和女学院は先鋒から中堅までの生徒ですら、県内の強豪校の大将クラスに匹敵する実力を持っていると言われています。 特にこの珪線燈さんは、手堅い将棋に定評のある選手です」
甲斐田が補足する。
「対する小手指原の大将、十六夜桜選手も、非常に興味深いですね」
「というと?」
土門が尋ねる。
「彼女は中学時代、個人戦で全国大会に出場した経験を持っています。
小手指原高校の中でも、唯一の大会経験者です。
元々の地力は高いようですが、昨日までの棋譜を見たところ、ここにきてまた一段と棋力が上がっているように見えますね」
甲斐田は興味深そうにモニターを見つめる。
「おっと……盤面が進んで、相掛かりの様相になってきましたね。 これは力勝負だけではない、緻密な読み合いになりそうです」
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対局室。
盤上では、激しい駒のぶつかり合いが続いていた。
桜は相掛かりの複雑な変化にも動じず、冷静に的確な手を選んでいく。
(……よし、少しずつリードできてる)
桜は心の中で静かに手応えを感じていた。
一方の珪線も、必死に食らいつく。
基本的には堅実な手を選び、指していくが要所要所でわずかな綻びが見えた。
少しの隙も見逃さず、桜は小さな有利を積み重ねていく。
じわじわと、しかし確実に、勝利への道を切り拓いていた。
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浦和女学院の控室。
モニター越しに対局の様子を見ていた浦和女学院の監督が、苛立たしげに眉をひそめた。
「……ったく、小手指原の大将が全国経験者とはいえ、去年、先鋒で出場した珪線も同じだろ」
ぼそりと毒づく。
控室の空気が重苦しくなる。
その隣で、浦和女学院の大将・御影ひなたが冷静に言葉を添える。
「確かに、このままだと……まずいですね」
御影の声には焦りはない。
しかし、明らかな危機感が滲んでいた。
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再び対局室。
盤面では、桜がさらに有利を広げていた。
小さなリードを、決して急がず、着実に広げていく。
珪線も負けじと反撃の糸口を探すが――
桜は、それら全てを最小限の手数で受け止める。
(油断しない、丁寧に、丁寧に)
桜の脳裏には、これまで一緒に戦ってきた仲間たちの顔が浮かんでいた。
負けられない。
いや、勝ちたい。
この一局に勝って、次へと繋ぎたい――!
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盤面を見つめ、珪線が小さく息を吐く。
「……負けました」
静かに、投了の声が響いた。
対局室の空気がふっと緩む。
スタッフが結果を告げた。
「小手指原高校、勝ち。
ポイント、小手指原8、浦和女学院12」
桜は深呼吸を一つついて、駒を丁寧に並べ直すと、盤に一礼した。
そして、対局室の扉を開け、控室へと戻っていった。
「……疲れたわ〜」
控室に入るなり、桜は肩の力を抜いてぐったりとソファに倒れ込む。
そんな彼女を迎えたのは――
盛大な拍手だった。
「さすが部長!」
「十六夜さん、お疲れ様」
芽依、百合、牡丹、柚子、そして先生たちまでもが、惜しみない拍手を送る。
桜は照れくさそうに笑った。
「もう、そんなに褒めたって何も出ないわよ〜」
そんな桜に、我慢できず柚子が勢いよく抱きつく。
「部長、すごかった!ほんとすごかったー!!」
「うお、ちょっ、柚子!わかったわかった!」
桜は笑いながら、柚子の頭を犬のようにわしゃわしゃと撫で回す。
「よしよし、いい子いい子」
「むふぅ……」
柚子はうっとりと目を細める。
そんな微笑ましいやり取りを見ながら、芽依は――
心の奥で、燃え上がるような決意を固めていた。
(次は、私の番だ)
今まで、仲間たちが繋いでくれたバトン。
絶対に無駄にはできない。
小手指原高校は、まだ終わっていない。
芽依は静かに立ち上がった。
そして、控室の扉へと向かう。
その背中に、仲間たちの声が飛ぶ。
「いってらっしゃい、芽依!」
「がんばれ!」
「行ってきます!」
芽依は返事をすると、しっかりとした足取りで歩き出した。
(絶対に、勝とう――!)
控室の扉を開け、芽依は次なる戦いへと歩み出した。




