28話
決勝トーナメント準決勝――第一戦。
対局室の扉が静かに開いた。
小手指原高校の先鋒・七瀬柚子が、少し緊張した面持ちで一歩ずつ歩を進める。
正面の座卓には、新座台高校の先鋒――眼鏡をかけた、静かな雰囲気の女子生徒が座っていた。
軽く一礼し、振り駒が行われる。出たのは歩が三枚。先手は新座台高校。柚子は後手となった。
「お願いします」
「お願いしますっ」
二人が同時に頭を下げると、対局が始まった。
柚子は、迷いなく飛車を中央に振る。中飛車だ。
序盤から彼女らしい元気のいい指し回し。まっすぐで、ちょっと大胆。
相手は、端正な指し手で金無双を組む。角道を開けず、堅実な構え。受けに強い布陣だ。
(ん〜……どう攻めようかな)
柚子は自陣を美濃囲いに整えながら、相手の動きをうかがっていた。
やや押され気味の展開。それでも、彼女の表情には焦りはない。
(ここは、いっちゃおう!)
タイミングを見て、中央から強く飛車を成り込む。
攻める手は彼女らしい勢いに満ちていたが――相手は冷静そのものだった。
受けきったうえで、角の利きを通し、玉頭にプレッシャーをかけてくる。
(うわっ、そっちから来る?)
柚子は目を見張るも、笑みが漏れた。
(やっぱり将棋って、面白いなぁ)
終盤、逆転の糸口を探し続けた柚子だったが、相手の正確無比な指し手に追い詰められる。悪手は一つもない。防戦一方となり、ついに――
「……負けました!」
柚子は悔いのない声で、頭を下げた。
――第一戦、新座台高校の勝利。
スコアは、小手指原高校0pt、新座台高校2pt。
---
対局室の扉が再び開く音に、控室の全員が顔を上げた。
入ってきたのは、先ほどまで盤上で戦っていた柚子。
その表情は――驚くほど明るかった。
「ただいまー!」
どこか晴れやかな声。悔しさを感じさせない笑顔だった。
「惜しかったわね」
牡丹が優しく声をかける。
「うん。でも、全然悔いないよ! すっごく楽しかったし!」
柚子は百合の方を向き、拳を突き出す。
「先輩、よろしくね!」
百合は微笑を浮かべながら、拳をそっと重ねた。
「……任せて」
まるでバトンを受け取るように。
百合が、静かに立ち上がる。
---
決勝トーナメント準決勝――第二戦。
次鋒・西条百合が、静かに対局室に入る。
対する新座台高校の中堅は、短く結んだ髪が印象的な女子生徒だった。
振り駒の結果、百合が先手。
姿勢を正し、二人は声をそろえる。
「お願いします」
「よろしくお願いします」
対局が始まった。
百合の初手は▲7六歩。そこから向かい飛車に構える。
美しく整った駒の配置。そこには彼女の美学と、冷静さが滲んでいた。
相手はゴキゲン中飛車。中央を制圧する構え。
じっくりと組み合う展開だ。
---
小手指原高校の控室では、顧問の虎門が腕を組んでいた。
「ふむ……お相手さん、一回戦と同じオーダーかもな」
「そうかもしれませんわね。そうなると先鋒、中堅、次鋒、大将、副将ってことですわね」
牡丹が資料を見ながら答える。
「とりあえず二戦目の結果を見て、三戦目以降のオーダーを決めましょう」
桜が冷静にまとめる。その視線は、盤面の先――未来を見据えていた。
---
一方、新座台高校の控室。
戻ってきた先鋒の女子生徒が、簡潔に報告する。
「敵の先鋒はやはり初心者だったみたいで、予定通り勝てました」
その言葉に応じたのは、大将の女子生徒。静かに目を細める。
「お疲れ様。後は、予定通りに、この二戦目と四戦目で私が副将以上に勝てば、16pt以上で勝ちが確定する」
周囲のメンバーも頷く。
誰も何も言わないが、空気には確かな自信が漂っていた。
---
対局室に戻る。
序盤は互角の展開。しかし、中盤に差し掛かったとき――
新座台の中堅が、ほんのわずかなミスを犯す。
(……これは、逃さない)
百合は一切の表情を変えず、角を鋭く敵陣に成り込む。
攻めのテンポを一気に加速させると、相手の守りを丁寧に、しかし着実に崩していく。
飛車が自在に躍動する。玉の逃げ場は、もうない。
相手のミスを見逃さず、機を見て一気に決める――これが、百合の将棋だった。
数十手後――
「……負けました」
新座台の中堅が静かに頭を下げる。
「ありがとうございました」
百合も深々と一礼。その姿勢には、凛とした品があった。
対局後のその背筋は、最後の一手まで美しかった。
控室へ向かう百合の背中を、新座台の中堅は悔しそうに見送った。
---
第二戦、小手指原高校の勝利。
スコアは、小手指原高校5pt、新座台高校2pt。
戦績は一勝一敗。勝負は振り出しに戻った。
決勝進出をかけた準決勝――緊張感が会場を満たしている。
勝負の天秤がどちらに傾くか――それを決めるのは、この後、盤の前に座る者たちだ。




