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21話

あと数日で、ついに決勝トーナメントが始まる。


西陽が窓から差し込み、長く伸びた影が床に落ちていく。

芽依はその光の揺れをぼんやりと眺めながら、そっと紅茶のカップに口をつけた。

ほんのりとした甘みが、じんわりと胸の奥を和らげていく気がした。


そんな穏やかな空気を、突如として破ったのは、元気いっぱいの声だった。


「ねえ、先生も応援に来てくれるよね?」


その声に、全員の視線が柚子に向いた。


ソファに腰かけていた福辺先生は、紅茶のカップを持ったまま目を丸くする。


「え? わ、私?」


「他に誰がいるの?」

柚子はにっこりと笑って机を回り、ソファの前で立ち止まった。

両手を腰に当て、小首をかしげる姿は、まるでじゃれつく子犬のようだ。


「だって先生、副顧問でしょ? 副顧問の役目って、応援も込みだと思うんだけどな~?」


「えーと……私、その日ちょっと用事が……」

福辺が曖昧に視線を逸らすと、柚子は真剣な目で見つめた。


「来てくれたら、絶対勝率上がると思うな~!」


「な、なによ、それ……」

福辺は思わず苦笑しながら頭を抱える。


「そういうオカルト、信じちゃダメなのよ? 柚子ちゃん……」


「オカルトじゃなくて、“気合”です!」

柚子がピシッと胸を張る。


福辺は観念したように小さくため息をつき、肩をすくめた。


「……わかったわ。行く行く。ちゃんと応援に行きます」


「やったあ!」

柚子は喜びを全身で表現するように跳ね上がった。


そのとき、部室のドアがギィと音を立てて開いた。


「おー、なんか盛り上がってるねぇ」


くたびれたスーツに缶コーヒーを片手に、顧問の虎門潤也が姿を見せた。


「虎門先生!」

柚子が勢いよく振り返った。


「お前ら、そろそろ決勝のオーダー順を決めようぜ」


その言葉に、部室の空気が再びピリッと引き締まった。だがその直後、柚子が怪訝そうに眉をひそめる。


「……あれ? 先生がこんな真面目なのって珍しくない?」


「全国まで行けたら、先生に追加でお礼するって、私、前に言ったの」


虎門は露骨に目を泳がせながら顔を背けた。


「別に見返りが欲しくてやってるわけじゃないぞ。オレは純粋に生徒想いな教師なんだからな」


「そういうことにしといてあげます~」

柚子が茶化すように笑う。


虎門はごほんと咳払いして、缶コーヒーのタブを開けるとぐいっと一口。

そのままホワイトボードの前へ進み、マーカーを手に取った。


「まあいい。とにかく大事な話だ。今回のトーナメント、相手の出し順はブラインド――つまり、こっちが並べ終わるまで相手の順番は分からない」


「でも、順番ってそんなに重要なんですか?」

柚子が首を傾げる。


虎門はニヤリと笑いながら、ボードに5つの丸を描いていく。


「重要だ。順番ってのはパチンコや競馬と一緒で、見た目以上に奥が深いんだよ」


「たとえば?」

芽依が身を乗り出す。


「例えば、大将を最初に出すとする。そいつが相手の先鋒に勝てたとして、6点ゲット。でもな、最後にこっちの先鋒が相手の大将に負けたら、6点取られる。差し引きゼロ。だったら、大将を温存した方がいいに決まってる」


「確かにそうですわね……」

牡丹が頷く。


「6点は、大将の価値としては安すぎますね」


「大将同士で勝ったら10点だもんね!」

柚子が指を折りながら数える。


「だから、順番どおりがいちばん損がないってことですか?」

芽依がぽつりと呟いた。


「正解」

虎門は満足げに指を鳴らした。


「欲を出して順番いじると、逆に足元をすくわれる。下手な策に走ると痛い目を見るのがこういうトーナメントだ」


「出し順で駆け引きする余地は?」

桜が鋭く問う。


「ゼロじゃないが、相手が変な順番で出してきたら、こっちも混乱するからな。たが、どっちも五分の実力って前提なら、リスクは最小限にした方がいい。安定第一だ」


部室に再び静けさが戻る。

言葉に出さずとも、みんな同じことを考えていた。

誰が出ても勝つ可能性はあるし、逆に誰が負けても不思議じゃない。

だからこそ、順番は冷静に、慎重に選ばなければならない。


「それに例えば一番最初に相手が大将を出してきたなら、2戦目以降で敵の次鋒以上の相手に大将をぶつけられれば収支はプラスになる」


「……じゃあ、とりあえず一回戦は順番どおりに行きましょう。もし次に進めたら、そこから先のことはその時に考えましょ」

桜が静かに口を開いた。


「異論はないですわ」


牡丹が手を挙げ、それに続くように芽依、柚子、百合が頷いた。


「よし、それじゃあ決まりね」


窓の外には、すっかり赤く染まった空が広がっていた。

差し込む夕陽が、部室の中の誰よりも先に、決戦の幕開けを知っているようだった。

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