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19話

目の前に広がるのは、まるで旅館の広間のような空間だった。

畳敷きの部屋に低めの照明、そしてずらりと並ぶ将棋盤。

この日のために洋室を改装したという牡丹の家の一室は、将棋道場に姿を変えていた。


「では、午後の部内対局、始めますわよ」


白いカチューシャで前髪を留めた牡丹が指揮を取ると、部員たちはそれぞれの席についた。


「よーし、芽依ちゃん、今日こそ勝つからね!」

「うん、よろしくね、柚子」


芽依と柚子の対局が始まる。

柚子はまだ初心者に近いが、最近は練習量も増えてきていた。

隣の盤では、牡丹と百合が真剣な表情で向かい合っていた。


軽口を交えつつも、二人の指し手は鋭い。

何より、その盤面の空気が他とは違う。


しばらくして、芽依の指がぴたりと止まった。


「……うーん。詰まない、かな」


悩む芽依に、桜が傍らから声をかけた。


「芽依、今のところ、詰むわよ。惜しかったわね」


「えっ、本当ですか?」

「ええ、次の桂馬の使い方が鍵ね。そこに気付ければきっと勝ちきれるわ」


芽依の瞳が輝いた。

こうして、将棋漬けの午後があっという間に過ぎていった。


***


夕方、部員たちはダイニングルームに集まっていた。今度は将棋盤ではなく、スクリーンとホワイトボードが目の前にある。


「それでは、今から研究会を始めるわ。テーマは“決勝トーナメント進出校の戦法分析”よ」


進行役は部長の桜。彼女が操作するリモコンで、プロジェクターに棋譜が映し出される。


「まず、このチーム。中飛車主体で、終盤に入ってからの攻撃の畳みかけが鋭いの。ノーガードで殴り合ってくるわ」


牡丹が用意した配布資料には、相手チームの主力戦法や特徴がびっしりと記載されていた。まるで受験対策のような細かさだ。


「……すごい。こんなに準備してたんですね」

芽依が感嘆の声を漏らす。


「わたくし、こういう調査が好きなんですの。将棋って情報戦でもありますから」


柚子は途中からあくびをかみ殺していたが、それでもメモはしっかり取っていた。


***


日が沈んだ頃、ディナーの時間がやってきた。豪華な食卓には、和と洋が美しく並べられていた。


「えっ、これって……本物のコース料理じゃん!」

柚子が目を丸くする。


前菜は鯛のカルパッチョと冷製茶碗蒸し。

メインはA5ランク和牛のステーキに、海老と季節野菜の天ぷら盛り合わせ。

デザートには苺のムースが添えられていた。


「ナイフとフォーク、あんまり使わないから緊張する……」

芽依が戸惑うと、牡丹が笑いながら「ゆっくりでいいのですわ。慣れれば問題ありませんわ」と手を添える。


「このスープ、めちゃくちゃ美味しい! 名前なんだっけ、これ!」

「ヴィシソワーズですわ」

「びっしょ……何?」


全員が笑いに包まれる中、食事は和やかに進んでいった。


***


食後、全員でバスローブ姿になり、庭の奥にある温泉風呂へと向かった。星空の下、檜の香り漂う露天風呂にゆったりと身を沈める。


「は〜……極楽ってこういうこと言うんだろうなぁ……」

柚子が頬を緩ませながら声を上げる。


「こうしてみんなと一緒に入るの、中学の修学旅行ぶりかも」

芽依が恥ずかしそうに言うと、百合が横で笑った。


「ボクも。こういうの、案外いいものね」

「たまには騒がしくてもいいかなって、思えるわよね」


湯けむりの中で、ふと桜が口を開く。


「ねえ、みんな……。私は、この大会が終わったら引退だから」


静けさが湯面に広がる。桜は少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「だから……後のことは、よろしくね」


しばらく沈黙があった。だがすぐに、牡丹が湯から体を起こして言う。


「まだ引退だなんて、認めませんわ!」

「そうそう! トーナメント、まだ勝ってないじゃん!」

「引退は、勝ちきってからでしょ」

「……私たち、絶対に勝ちます。だから、もう少しだけ一緒にいてください」


次々とあがる声に、桜は驚いたように目を見開いた。そして、小さく頷いた。


「……ありがとう。うん、もうちょっとだけ、わがまま言わせてもらうわね」


お湯の音と虫の声だけが、夜の庭に穏やかに響いていた。


***


寝室に戻ると、ふかふかの布団が整然と並んでいた。


「ねえねえ、トランプやろうよ!」

柚子の提案で始まったのは、大富豪大会。笑い声が絶えない時間が続く。


そしてまた突然、柚子が枕を手に立ち上がった。


「せっかくだし、やろうよ! 枕投げ大会!」

「ええっ!?」

「賛成ですわ! わたくし、こう見えて命中精度には自信がありますのよ」


牡丹が真顔で枕を構えた瞬間、静かな部屋が一瞬で戦場へと変わる。


芽依も初めは戸惑っていたが、いつの間にか本気になり、枕を片手に突撃。


「これで決めるっ!」

「ひゃあっ、ちょっと待ってっ、芽依ちゃん!?」


芽依は意外にも投擲力が高く、柚子をピンポイントで撃墜。桜は逃げ回るだけでなかなか捕まらない。


笑いと枕が舞う部屋で、気づけば時計の針は深夜を回っていた。


「……楽しかった」

「そうですわね」


布団に潜りながら、芽依がぽつりとつぶやく。牡丹が優しく灯りを落とした。


「明日は、プロの先生がいらっしゃいます。ゆっくりおやすみなさいませ」


こうして、将棋部のお泊まり会一日目は幕を閉じた。

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