18話
2025/5/20 表記揺れを修正
6月を目前にしたある放課後。
将棋部の部室では、今日もいつも通りののんびりとした時間が流れていた。
「……詰まないなあ、これ」
対局盤の前で芽依が唸る。隣では柚子がジュースを飲みながら、「ウチ、もう脳が疲れた~」と椅子に体を預けている。
そこへ、静かに扉が開いた。
「ごきげんよう、みなさま」
結城牡丹が、紙のファイルを手に現れた。
今日は珍しく制服のリボンを外し、シンプルな白いカチューシャで前髪を留めている。
「牡丹先輩、どうしたの?言いたい事がありそうな顔してる!」
柚子が身を乗り出すと、牡丹は頷いて、手にしていたファイルを机の上に置いた。
「わたくし、将棋部の強化のために、ちょっとした提案を持ってまいりましたの」
その言葉に、芽依、柚子、そして部長の桜、百合も興味を引かれて集まってくる。
「今週末、わたくしの家で“お泊まり会”を開催しませんこと?」
「お泊まり会……?」
芽依が首を傾げると、牡丹はにっこりと微笑んだ。
「もちろん、それだけではございません。なんと、プロ棋士の先生をお招きして、指導対局も行いますわ」
「プロ棋士っ!?」
柚子の声が跳ね上がる。
「しかも、二日目には、一人ひとりが時間を取って指導してもらえるように、スケジュールも確保しておりますの」
「ちょっと待って、プロって……すごくない?」
桜も思わず真顔になる。
「そこまでやるってことは、結構な費用がかかるんじゃないの?」
百合が現実的な視点で問いかけると、牡丹は「大した問題じゃございませんわ」とあっさり答えた。
「ですが、ご安心くださいまし。今回の費用は、すべてわたくしが負担いたします。ご迷惑はおかけしませんわ」
「ちょ、ちょっと待った!」
そこへ割って入ったのは福辺舞、副顧問のふわふわ系教師だった。彼女は、少し眉を寄せて言う。
「牡丹さん、それはちょっと健全じゃない気がするわ。全部個人負担って、学校の部活としてはちょっと……」
「でも、これはわたくしが言い出したことですし、もともとこういうイベントが好きですのよ。準備も苦ではありません」
「それでも、部として動く以上、費用の一部は部費から出せるかどうか検討するべきです」
福辺先生が、帳簿をパラパラとめくる。
「確か、今年の部費は……ええと、4万円よね?」
「それなら……」
百合が頷いた。
「交通費や謝礼の一部くらいなら、出せそうですね」
「でしたら、わたくしとしては、せめて“自宅まで来ていただく特別料金”だけは負担させていただきたいですわ」
「その特別料金がいちばん高いんじゃ…」と芽衣がボソッと言った。
「じゃあ……」と桜が部長らしくまとめにかかる。
「残りは、部費と、あと、無理のない範囲でのカンパってことでどうかな?」
「ウチ、少しなら出せるよ!」
柚子が元気に手を挙げた。
「この前フリマアプリ始めたばかりだから、部屋のいらないもの出してみる〜」
「わたしは、おばあちゃんからのお小遣い、まだ残してあるから、それで出そうと思います」
芽依も、しっかりと前を見て言う。
「……仕方ありませんわね。では、そういう形にしましょう」
話し合いの結果、部費から3万円を使い、残りを一人5000円ずつのカンパで、それで足りない分を牡丹が支払うことに決まった。
*
数日が過ぎて、ついにお泊まり会の当日がやってきた。
午後一時、集合場所に集まった将棋部の面々は、牡丹の家の最寄駅から送迎車で向かっていた。
「えっ、これ……マジの門構えじゃない?」
柚子が、車窓から見える西洋の門と庭園に目を丸くする。
「お嬢様って、やっぱりスケールが違うのね……」
桜も苦笑いを浮かべる。
リムジンがゆっくりと駐車場に停まると、迎えに出てきたのは、なんと執事服を着た男性だった。
「ようこそ、将棋部の皆さま。どうぞお入りくださいませ」
「ここって本当に家なの?」
柚子が小声で呟いたのに、百合は無言で頷くしかなかった。
扉の向こうで出迎えてくれた牡丹は、白いカーディガンを羽織り、髪をふんわりと巻いていた。
「ようこそ、お越しくださいました。さっそく、スケジュールを発表いたしますわ」
応接間に集まった一同の前で、牡丹がホワイトボードを取り出し、スケジュールを書き出していく。
---
《一日目》
- 午後:部内練習対局
- 夕方:研究会(決勝トーナメント進出校の戦法分析)
- 夕食:ディナー
- 入浴:天然温泉風呂
- 就寝前:枕投げ大会
《二日目》
- 朝:モーニング
-午前:プロ棋士による指導対局(10:00〜12:00)
- 昼食:ランチ
- 午後:プロ棋士による指導対局(13:00〜16:00)
- 帰宅:リムジンで各部員の家まで送迎
---
「……なんか、修学旅行よりすごいんだけど」
柚子がぽかんと口を開ける。
「ええ、全力で準備しましたわ」
牡丹は誇らしげに微笑んだ。
「プロの先生は、将棋連盟から正式にご紹介いただきました。新進気鋭の若手実力者で昨年度はタイトル挑戦をされた方ですの」
「凄い。これは、頑張らないと……!」
芽依が小さく拳を握ると、周囲からも同じように意気込みが感じられた。
こうして、将棋部のお泊まり会は、非日常の中で、静かに幕を開けようとしていた。




