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13話

予選大会当日の朝。芽依は制服の襟を整えながら、そわそわと玄関の外を覗いていた。


やがて、静かな住宅街の角を、黒光りする長い車体がゆっくりと曲がってきた。

近づくにつれ、その異様な存在感が迫ってくる。リムジンだった、芽依は思わず息を呑んだ。


車がぴたりと芽依の家の前に停まり、運転席から黒スーツの運転手が降りてくる。


「伊波様でいらっしゃいますね。お迎えに上がりました」


「……あ、はい。ありがとうございます」


芽依が恐る恐る車に乗り込むと、中は広くて、静かで、そして――見慣れた顔が揃っていた。


「おはよう、芽依ちゃん!」と柚子が手を振る。


「おはよう、伊波さん」と百合も微笑む。


その隣には牡丹、そして後部座席に虎門先生がどっかりと座っていた。


「やっと勢ぞろいだな。じゃあ行きますか、予選会場へ」


運転手の「承知いたしました」という声とともに、車は静かに発進した。


車内では、牡丹が用意したタブレットを使いながら、部長からHグループの対戦相手についての情報共有が始まった。


「まず、芸術学院高校。全体的に弱いわ。将棋の内容は二の次で、駒の音をいかに美しく響かせるかを重視している人たちよ」


「駒の音って……」柚子が首をかしげた。


「パチンって響くと気持ちいいもんね」と百合が笑う。


「でも、勝つための将棋とは違うってことですよね?」と芽依が尋ねると、部長は小さくうなずいた。


「そう。対策もなにも、正直いつも通りやれば問題ないわ」


「次は秩父宮高校。こっちは全員が四間飛車。しかも、顧問が20年前に出した定跡本をいまだに部の教科書として使ってるの」


「本を出してるなんて、秩父宮の顧問の先生はすごく有名な人なの!?」と柚子が感心したように言う。


「自費出版っていってね、お金を出せば誰でも本を出せるのよ」部長はにやりと笑った。「ちなみにだけど、私、その本すでに入手済みなのよね。中身、もう頭に入ってるから、対策は万全よ」


「さすが部長」と芽依も思わず感嘆の声を上げた。


「最後に、ふじみ野商業高校。ここだけは、事前情報ゼロ。誰が来るか、何をやるか分からない」


「つまり……一番やばいのはそこってことだね」と百合が肩をすくめる。


「ええ。でも、今日の最終戦になるはず。まずは目の前の二つをしっかり勝っておきましょう」


***


会場のさいたま市の文化センターに到着すると、車を降りてすぐに案内スタッフが出迎えた。


対局室の入り口で、部長の桜、芽依、牡丹の三人が並び、軽く深呼吸をする。


「じゃ、行ってくるわね」


「いってらっしゃい!」と柚子が声を張る。


「全員、勝って帰ってくるんだよ!」と百合も鋭く言い添えた。


芽依はその言葉に背を押されるように、対局室の扉を開けた。


***


一戦目の相手は、芸術学院高校。


横並びに設けられた三つの対局盤に、それぞれが着席する。芽依は中央の中堅戦の盤に向かう。


向かいには、長髪をきっちりと後ろで束ねた女子生徒。無言で駒箱を開ける所作が、まるで儀式のようだった。


初手、相手がそっと飛車先を突く。その音が、心地よく響いた。


「……綺麗な音……」


芽依は自然とそう思った。だが、二手目、三手目と進むごとに――その実力が見えてくる。駒音ばかりに意識がいって、読みが浅い。手筋も怪しい。


(……これは、勝てる)


芽依は落ち着いて自分の将棋を貫いた。相手が美しさを優先するあまり、隙を作ってしまったのを逃さず、終盤で一気に寄せきった。


気づけば、部長も牡丹もすでに勝ちを決めていた。


三戦全勝。小手指原高校、勝利。


***


控え室で水を飲みながら、芽依は深呼吸をした。


「まだ気を抜くなよ。次からが本番だ」と虎門先生が軽く手を振って部屋を出ていく。


二戦目、秩父宮高校戦。


対局室に戻ると、今回の相手もすでに待機していた。芽依の相手は、眼鏡をかけた静かな女子生徒だった。


初手から、予想通り四間飛車に構えてくる。


(やっぱり……でも、想定通り)


車内での対策が、そのまま功を奏した。定跡どおりに来る手に対して、芽依は事前研究をぶつけていく。


盤上では、すでに勝敗が見えていた。


「投了します」


そう静かに言われたとき、芽依はわずかに頷いた。


部長も牡丹も、それぞれに勝利を収めていた。


二戦目も三戦全勝。


***


控え室に戻り、掲示板の対戦表を見ると、ふじみ野商業高校も同じく二連勝していた。


「ここで決まるわね、決勝に行けるかどうか」


「はい……でも、情報ゼロってのが逆に怖いですね」


部長の言葉に、芽依は小さくうなずく。


ふじみ野商業高校――最後の相手。未知なる実力者たち。


だが、不思議と芽依の中には、焦りはなかった。


むしろ、胸が高鳴っていた。


(わたしは、あの時、“まーさん”に完膚なきまでに負けた。それに比べれば……)


拳を握りしめる。


「いける。きっと、勝てる」


覚悟は、もうできていた。


――いよいよ、小手指原高校の進撃が、本格的に始まる。

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